対談:三和酒類幡手剛 × 宮﨑哲郎
焼酎を米国赴任者や日系アメリカ人を相手に日本食レストランや居酒屋などで売り込もうとして売れず、途方に暮れたところから、宮﨑の米国での活動はスタートしました。実はアメリカではレストランの食中酒として飲まれるのはワインや日本酒のような醸造酒であり、ウイスキーやジン、ウオッカ、ラム、そして焼酎といった蒸留酒(スピリッツ)が飲まれるのはバーやレストラン併設のバーと分かれている。「食事と一緒に飲まれるのは醸造酒」であり「バーで飲まれるのが蒸留酒」であるという食習慣の現実を前に戦術の見直しが迫られます。
試行錯誤の末、レストランではなくトップバーに狙いを定めます。バーテンダーに、焼酎を使ったカクテルを開発してもらい、お客様には焼酎のことも説明していただく。日々営業活動を進めた結果、「iichiko彩天」や「いいちこシルエット」などの本格焼酎を取り扱ってくれるバーが約500店舗にまで拡大。バーでの焼酎の認知度と売り上げを高めてきました。狙い通り、バーでカクテルに使われた焼酎に興味をもったお客様が口コミで「Japanese Shochu」の美味しさや面白さを拡散してくれる流れも生まれています。
幡手 宮﨑さんは何年間、米国駐在を務めたのかな。
宮﨑 2013年にiichiko USAが設立され、私はその翌年の2014年に赴任したので、9年間の駐在でした。駐在前の2012年に海外営業部に配属されました。最初に始めたのが、アルティメット・スピリッツ・チャレンジ(以下、USC)というニューヨーク(NY)の蒸留酒のコンペティションへの出品の手続きです。PR会社から会社宛てに参加の案内が来ていまして。
幡手 それがアメリカ市場への取り組みのきっかけなんだね。
宮﨑 はい。2013年に最初に出品した「いいちこフラスコボトル」が、いきなり部門最高賞の「チェアマンズトロフィー」を受賞したんですよ。実はその時には、コンペティションに出品することの何が大事なのか、よく分かっていなかったのが正直なところです。たまたま出品したら上位の賞をいただけたので、部内も社内も大騒ぎになりました。
それから世界のコンペティションのことをいろいろ調べ始めたところ、スピリッツ業界にとって、コンペティションというのはとても重要なイベントなのだということがはっきりと分かりました。そこから、どのコンペティションが我々にとって有効なんだろうかとリサーチしていき、ロンドンのIWSC(インターナショナル・ワイン&スピリッツ・コンペティション)と、アメリカではUSC、SFWSC(サンフランシスコ・ワールド・スピリッツ・コンペティション)がリストアップされてきました。
幡手 「いいちこフラスコボトル」はアメリカ市場で売ろうということからコンペティションに出したんだよね。
宮﨑 そうですね。まあ、当初は国内外でブランドイメージを高めることの方が優先順位としては高かったと思います。コンペティションで評価を得ることで、箔を付けるということだったと。
幡手 その結果、アメリカ市場での認知度アップにはつながったのかな。
宮﨑 その時は結局、認知度アップにはつながらなかったと思います。なぜかというと、商流*1が整っていなかったからです。当時はアメリカ人が購入する場所とか、バーといった飲む場所に届けられる商流がまだ出来上がっていませんでした。
あえて言えば、日本国内でのPRには使えました。世界品質で認められた、ということは、日本国内、もちろんアメリカでもPRとして情報を流すことはできましたし、ニュースにはなりました。*1 商流:生産者から販売者を経て消費者に商品が届く中で、売買契約が成立して所有権が移る流れ。なお、「物流」とは生産者から消費者までの商品そのものの流れを指す。
幡手 「TUMUGI(つむぎ)」*2も同じようなことをやっていたね。コンペティションで高い賞を獲得したものの、そのことの使い方が分からなくて。受賞後時間が経ってから、こんなすごい賞を活用しないの?、使わない手はないでしょ、アピールしないんですかと他部署の人から言われた。しかし、商流が後ろについていかないと手が打ちにくい。大きな魚を釣り上げたものの結果的に逃げられたような感じになってしまった。*2 TUMUGI(つむぎ):日本の伝統技法である「麹づくり」をベースに、厳選した国産ボタニカルを加えた、ニッポン発のスピリッツ。麹が醸し出す豊かな味わい、爽やかなボタニカルの香りが特徴。
https://wapirits.com/
宮﨑 ただ受賞した事実は歴史として積み重なっていくものでもありますね。何年連続受賞といった価値、ブランドの蓄積にもなりますよね。コンペティションを取ったから売れたかとか、結果を直接売り上げに結び付けようとしがちですけれど、これってブランディングの部分なので、徐々に育っていくものなんだとも思います。
幡手 USCの快挙の翌年、2014年あたりから変わっていったね。商流のこととか。
宮﨑 ええ。商流をつけなければいけないということに気づいて手を打ち始めました。それまではアメリカ国内の日本の居酒屋さん、日本のスーパーマーケットに限って届けられる仕組みまではできていました。そこから会社の後押しもあって、現地のバーやリカーショップにも届けられるような仕組みができたのは2019年のことでした。
幡手 ずいぶん時間がかかったなあ。商流に関してはナイーブなところもあるから、簡単にはいかないけれどね。でもそれを変えたというのは大きいことだよね。
宮﨑 はい。大きな出来事です。焼酎メーカーでアメリカ国内で本格的にこうした商流をもってやっているのは三和酒類だけじゃないでしょうか。
幡手 当初はいいちこを知っている日系人をメインターゲットにして始めた販売戦術だったわけだよね。でもそれはボリューム的に限界がある。現地の日本人以外の方々に向けて販売していくことがその次に重要になっていったんだね。その頃には、そもそも焼酎が味の面でローカルの方々に受け入れられるのかという議論はあったのかな。
宮﨑 それまで居酒屋とかで試飲会を開いて、ストレートとかオンザロックとか、日本のやり方でお客様に飲んでいただいていました。そうしたら、あるアメリカ人の女性に、「うえっ。強い」と言われてしまいました。その人たちは日本酒を求めていたんです。日本酒だと思って口にして、その期待の味とは違った。
幡手 焼酎というものを知らなかったんだね。
宮﨑 そうでしたね。その頃は焼酎の味はアメリカでは受け入れられないのではないかとさえ思いました。でもある時、通じるんだと分かる瞬間があったんです。アメリカ在住のフランス人の派手なパーティーにブースを出す機会がありました。そこで、ショットで「いいちこシルエット」や「いいちこフラスコボトル」などをストレートで提供してみたら、めちゃめちゃ皆さんたくさん飲まれるんですよ。「美味しい、美味しい」と。
そこで気づいたのが、蒸留酒を飲む人と日本酒を飲む人は違うということ。そもそも飲む場所が違うと。日本食レストランで飲む人たちって、日本酒やビール、ワインといった醸造酒を求めている。ところがそのフランス人のパーティーに来た人たちは、ショットを求めていて、断然、いいちこが受け入れられた。それならば蒸留酒が飲まれているのはどんな場所かと考えてみると、アメリカではバー。あるいはレストランに付帯しているカクテルバー。ああいうところなら飲まれるのではないかと気づいたんです。
アメリカの面白いところは、飲食店によって、アルコール飲料を取り扱うライセンス自体が異なることです。例えばロサンゼルスなどの大都市を抱えるカリフォルニア州の酒類管理法では大きく分けて2つのライセンスがあります。1つ目は「ビール&ワインライセンス」、2つ目はビール及びワインに加え、蒸留酒も扱える「ハードリカーライセンス(全酒類)」。他の州も基本的にはカリフォルニア州と同様のルールです。
バーテンダーがカクテルをつくるときに必要な蒸留酒を扱うにはこの2つ目のハードリカーライセンス(全酒類)が必要になります。日本の居酒屋さんなら、どんなお酒でも出せるじゃないですか。醸造酒のビールやワインでも、蒸留酒のウイスキーでも焼酎でも。アメリカでは、ライセンスが分かれているように、飲む場所によって飲む酒の種類が違うんです。
これまでは日本酒の後を追いかけていけば、焼酎は伸びるんじゃないかと思っていたものが、実は違っていた。そうではなくて、ウイスキーやウオッカとかの後を追いかける方が正しかったんだと気づきました。
幡手 なるほどなあ。それって、誰かに教えてもらったということでもなくて、自分だけの経験を通して気づいたことなの。
宮﨑 うーん、自分自身が、学生時代にアルバイトでバーテンダーをしていたという経験もあるのかもしれません。カクテルというのはもともと頭にあって、カクテルはアメリカ人に好まれるというのは感覚的に最初から持っていました。
幡手 それね、自分の話をすると、2014年に、「いいちこフラスコボトル」のイベント「iichikoフラスコ カクテルコンペティション2014」(主催:一般社団法人日本バーメンズ協会九州支部、三和酒類)を福岡でやった時に同じようなことを感じたんだよね。
宮﨑 ああ、そのカクテルコンペには私も行きましたよ。
幡手 さっきアメリカ人に初めて焼酎を飲んでもらった時に「うえっ」て言われたという話があったよね。日本人でも若い学生とか初めて焼酎を飲む人は、やっぱり同じような反応なんだよね。自分自身も初めて焼酎を口にしたときには、美味しい飲み物とは感じられなかった。どうにか飲みやすくするためにコーラで割ったりしてね。でもそれこそカクテルじゃないかと思うよね。
それで、福岡県を担当していた営業時代に私も、バーを売り込み先に狙おうと思った。でも、その当時、カクテルに「いいちこフラスコボトル」を使うことについては、会社からめちゃ怒られたよね(笑)。最高級の本格焼酎にほかのものを混ぜて使うなと。でも、実際にそのカクテルイベントの場ではすごく受けたんだよね。宮﨑さんの話を聞いていてそういうことかなと思った。
宮﨑 いいものを割るとか、混ぜるとか、日本では嫌がられることが多いですよね。いいものは混ぜちゃいけないという感覚は酎ハイ文化だと思います。「いいちこを水で割る」とか言いますよね。割っちゃうんです。10ある素材を2で割ると5になると考えるのが日本の酎ハイ文化なのかなと。
一方、カクテルはミックスするんだと。掛け算なんですよね。いいものといいものを混ぜてさらにいいものをつくろうという考え方。10かける2で20にしようというのがカクテル文化なんだと思います。寿司だと日本ではネタの良さを最大限に味わおうとするのに対して、アメリカではロールとか、まぐろにトリュフを乗せたりとかの感覚に近い感じがします。
幡手 日本ではそばはそのままが美味しくて、素材を楽しむ傾向が強い。アメリカでは、そばにカルボナーラソースを加えたりとか、何かしら加えるお店がはやっている。自分の経験から言うとね、カクテルから始めるけれど、だんだんジュースとかの甘味が邪魔になってきて、味わう好奇心の比率が変わってきて、素材はどんな味をしているのかに興味が増してくるんだよね。
その時にやっとこちらの路線として、素材としての焼酎に興味を持ってもらう。入口を広くして飲みやすいところから始めないといけないというのは、日本も海外も一緒だと思うね。
宮﨑 幡手さんが言われる入口を広くすることには深い意味がありますね。カクテルだったり、ストレートだったり、いろんな飲み方があって、最後に素材に行き着くということ。当初は掛け算で、最後には引き算になるというような流れ。最後はストレートな素材の魅力をいかに表現するか。料理の世界でもそうかもしれません。最後にはシンプルな素材にたどり着くんじゃないかなというような。
幡手 ここまでの話を聞いていたらアメリカ市場に対するマーケティング戦略が見えてきたね。これまでの9年間は、自分自身が直接お客様のお店に顔を出して、その方々とつながれたので、営業活動も進めやすかった面もあったと思うけれど、今年から宮﨑さんは日本に戻ったわけだ。今度は海の反対側からどう活動を進化させていくつもり?
宮﨑 今後はこれまでの活動を組織化して、いいちこというもののイメージを見ていただかなければいけない。次のステップはまさしくブランディングということだと思います。それがPRであったり、ソーシャルメディアで発信するメッセージだったり、商品そのものだったりだと。対象エリアもアメリカだけではなく、ヨーロッパであったり、中国であったり、シンガポールであったりと広がりますね。
幡手 まさにマーケティングだな。これまでの9年間に実戦で得た経験は大きいね。ムーブメントで終わらせたらだめなんで、いかにちゃんと定着させるか。そこが難しいね。
宮﨑 とりわけ焼酎というお酒は、日本独自のカルチャーなので難しいですね。コンペティションの焼酎カテゴリーの中でナンバーワン獲得と言っても、世界の人たちにとっては比べる基準がないので、どの程度すごいことなのか分かりにくい。
これが例えばジンでナンバーワンを取ったとかだと、世界の一連のジンと比べられるんですけれど。今回のSFWSC 2023では「TUMUGI NEW OAK CASK STORAGE」がOTHER WHITE SPIRITS部門で最高賞をいただきましたが、ほかのブランドもある中で、ある一定の基準の中で比べられて獲得したことに価値があると思います。
幡手 バーテンダーさんから教えてもらったことなんだけれど、焼酎をアメリカで普及させるためには、定番の飲み方をしっかりつくることが必要だと。定番を飲んで興味をもってもらい、最終的にはいろいろひも解くと本質が見えてきて、だからこれ、すごいんだと好きになってもらう。それがきれいな流れの戦略なんじゃないかなと。そこがまだ定まっていないよね。
宮﨑 例えばペルーのお酒ピスコのカクテルなら「ピスコサワー」みたいな、定番カクテルが焼酎にもあるといいんですけれど。これがまた難しいんですよね。1年間に何千種類というカクテルがいろんなお酒で登場してくる中で、どうやってヒットさせるかという。運もあるかも知れないし、仕掛けて100%できるものでもないし。それでもやらないといけないとは思います。
幡手 がまん強くやらないといけないところかな。例えば国内のバーに向けて、「TUMUGI」については「TUMUGIソニック」という定番カクテルを提案してきた。1杯目はシンプルだけど飲みやすいTUMUGIソニックを飲んでもらってくださいと。バーテンダーさんもそうやって出すことが定着してきたと思う。かたや焼酎っていうのは今後どういう風に出していくのか、という。これが一番おすすめですというのがないとね。
メニューと一緒で、昨日、我々もNYのバーで経験したよね。いっぱいあるメニューの中から選ぶのって、楽しいように思えるけれど、知らないものについては難しい。絞り込まれた中から1点を選ぶ方がいいことはある。
宮﨑 そこが焼酎の弱さでもあったんですよね。焼酎はどんな料理にでも合いますよって。なんにでも合うというのはすごいことでもあるけれど、海外のお客様には分かりづらい。確かにこれに合いますよと言ってもらった方が海外の人たちにはありがたいこともありますね。
幡手 日本人にとっては生活の中にあったから分かることだよね。水割りやロック、炭酸割り、お湯割りなどというのはね。それは初めての人にはなかなか分からない。
宮﨑 そうですね。PRだとか、今後どのように広げていくか。営業スタッフが現場でこそできるブランディングというものもあると思います。営業スタッフが発信する情報。現場の情報ってめちゃめちゃ大事だと思います。例えば現地の人を雇ったり、現地のコミュニケーションのネットワークを活用したりとか。それはこれまでの私がやってきたような手法ではなく、組織的に進めていく方向だと思いますね。
幡手 営業スタッフのスキルと、現地のスタッフを組織としてバックアップする体制は重要だね。営業スタッフがひとりで戦って疲弊して終わるのはよくない。宮﨑さんが日本に戻ったあと、後任者のキャラクターによって今までできた関係性が変わる。場合によっては今までできたことができなくなるリスクもありうる。これをどう維持発展するかというところが重要なポイントだ。
宮﨑 ブランディングとかなり似ている部分なんでしょうか。国内でいいちこが長い間守り続けてきた1本の線、柱のようなものがありますよね。それと同じように、アメリカ市場でこれまで私が取り組んできたことの大事なポイントというのはキープしつつも、後任の人たちがそれぞれのやり方でやればいいと思います。
幡手 そこの1本の線を守りながら、海外へのブランドの伝え方、PR、SNS、イベントなどの見せ方を国内からコントロールできるブランドマネージャーの存在は必要だね。
PROFILE
幡手剛(はたで・つよし)
三和酒類株式会社 執行役員 営業本部本部長
1971年、大分県宇佐市生まれ。宮崎大学農学部卒業。入社後、焼酎づくりから品質管理、営業まで一通り経験をし、現在営業本部にてグローバルマーケティングとコミュニケーションデザインを管轄している。趣味としてはこだわりものをカスタマイズするのが好きで、ドイツ製スーツケースを個人で修理したり、ミニベロの自転車をフレーム以外すべて交換するなどの改造マニア。一人別府アンバサダーを謳い、食や温泉を県外のお客様に案内して、大分の魅力発信に貢献している。
PROFILE
宮﨑哲郎(みやざき・てつろう)
三和酒類株式会社 海外営業部営業課課長 兼 営業本部グローバルマーケティング室室長
1981年、長崎県雲仙市生まれ。2004年3月、宮崎大学農学部卒業。同年4月、三和酒類入社。製造部、営業部を経て2012年に海外営業部に異動。2014年4月、アメリカ子会社として設立されたiichiko USAの初代駐在員として出向。アメリカ国内では「iichiko彩天」や「いいちこシルエット」などを取り扱うバーを約500店舗にまで広げる。トップバーテンダーたちからの信頼も厚い。2023年4月、大分県の本社勤務に戻る。趣味は映画鑑賞。