丸尾剛「酒づくりの3本柱は、素材のよさ、加工のよさ、そして、つくる人の誠意だと思う」

酒づくりの3本柱は、素材のよさ、加工のよさ、
そして、つくる人の誠意だと思う

三和酒類丸尾 剛

三和酒類の最前線で働く人が、商品にかける思いやこだわりを自らの言葉で伝えるコーナー「by SANWA SHURUI」。今回は、約40年にわたり蔵人として焼酎づくりの最前線に立ち、現在は「焼酎づくりの先生」として後進の指導にもあたる丸尾剛が、「いいちこ日田全麹」のリニューアルに取り組んだエピソード、麹や人の育て方などについて、豊富な経験をもとに語ります。
文:青柳直子/写真:三井公一

入社当時は社員約50名。地元の小さな酒屋さん

――約40年にわたり蔵人として焼酎づくりひと筋に歩んでこられたと聞きました。まずは丸尾さんが三和酒類に入社を決めた理由を教えてください。

子どもの頃から“モノが変わっていくさま”が大好きで。大分県宇佐市出身なので、地元で物づくりができる会社を探しました。最初から酒造会社や食品業界を目指していた訳ではないんです。極端に言えば自動車メーカーでもよかったのですが、今となってはやはり“生モノ”が合っていたなと思います。

――丸尾さんが入社された1984(昭和59)年当時の三和酒類はどのような会社だったのですか?

当時、社員はまだ50名程度。地元の小さい酒屋さん、といった感じでした。その頃にはもう「いいちこ」はつくり始めていましたね。もともと宇佐市内に本社、瓶詰場、製造場がそれぞれ別の場所にあったのですが、1983(昭和58)年11月にそれらを集約した新しい工場が、現在の宇佐市山本にできました。私が入社したのが1984年4月ですから、新しい工場が建ったばかりの頃でした。その5年後の1989(平成元)年には本社機能もこの山本に移転しました。

丸尾剛

創業以来変わらぬ「品質第一」「安全運転」「おかげさまで」

――まさに三和酒類の成長発展と共にある会社員人生なのですね。入社当時と現在、社の理念などで変わったもの、変わらないものについて教えてください。

社の基本理念としてずっとあるものは、私たちが毎朝唱和している「品質第一」「安全運転」「おかげさまで」です。ここはもう変えてはいけない部分だと思っています。変わったものといえば、そういった理念や将来ビジョンを明確化したことでしょうか。明確にして共有することで、社員に一体感が生まれました。

――元々理念としてあったものを社の成長と共に明確化したのですね。さて、丸尾さんは入社してからどのようにして蔵人としてのキャリアを積まれたのですか?

1984年4月に入社して7月までは瓶詰場にいましたが、8月から製造課に異動し、焼酎製造の担当となりました。原料、麹、もろみ、蒸留、ろ過、貯蔵を、それぞれ約1年半担当し、トータル10年ほどで、製造の仕事をひと通り覚えました。

中でも思い入れが強いのは、もろみですね。もろみの担当になったのは1990(平成2)年頃ですが、念願だったんですよ。原料や製麹(せいきく)といった工程を最終的に引き受け、蒸留に引き渡す、いわば要の部分がもろみなんです。もろみ担当の先輩を見ていて「自分もいつかやってみたい」と強く思うようになりました。いざ、念願のもろみ担当になったら、これがなかなかうまくいかず……。

同世代の研究室の若手技術者にもアドバイスをもらいながら試行錯誤した結果、なんとかうまくいくようになりました。それまでは麹や酵母さえ使えば酒はつくれるものだと思っていたのですが、「麹や酵母を働きやすくし、もろみがしっかり育つ環境を作るのが一番大事なんだ」ということに気づきました。その思いは今も変わらず持っています。

丸尾剛

タンクのサイズに合わせて仕込めるまでの試行錯誤の日々

――具体的にはなにがうまくいかず、それをどのように乗り越えられたのでしょうか。

私が配属された第2製造場のタンクは第1製造場のタンクよりも大きかったので、従来のやり方ではうまくいかなかった。要するにタンクの規模に合わせた仕込みが必要だったんですね。通常通りに仕込めば到達するはずのアルコール度数にどうしても1%及ばない。その原因を突き止めようと、1日に何度ももろみを分析しました。

二次仕込みの工程では、大麦のでんぷんを麹が糖分に変え、その糖分を酵母がアルコールと炭酸ガスに変えていきます。この麹の活動と酵母の活動が同じもろみのタンクの中で並行して行われることから、「並行複発酵」と言います。この発酵の最中に炭酸ガスによりブクブクと泡を発する、その様子が沸騰しているように見えるので、我々は「沸かす」と表現しています。

丸尾剛

もろみを担当した当初は、タンクの中の麹と酵母の活動が仕込んでから1、2日で一気に沸いてしまい、アルコール生成も一気に行われて、理想のアルコール度数に到達する前に増殖が終わっていました。本来は10日間かけてじっくりと並行複発酵を行いたいのだけれど、そのバランスが難しいのですよね。

先ほども言ったように、研究所の技術者の意見を聞き、温度や仕込み水の差し方などを現場で微調整しながら、一気に沸かすのではなく、徐々に酵母を元気づけることで10日間もたせる発酵の技術を確立していきました。

――理論を知った上で、現場で幾度となく微調整していく。それは大変なご苦労でしたね。

私が朝早くに出勤して夜遅くまでいるものですから、当時の上司には怒られましたけどね。「もう言っても無駄だ」ってことで、夜にはからあげなどを差し入れしてくれたのを覚えています(笑)。

酒づくりの3本柱は、素材のよさ、加工のよさ、つくる人の誠意

丸尾剛

――そうして確立した製法は数値化され、引き継がれているのでしょうか。

はい。それを基本中の基本として、後進たちがアレンジしながらよりよいものにパワーアップさせています。酒づくりには数値として表せるものに加えて職人の感覚が必要です。その感覚の部分を伝承、と言ってしまうと少しおこがましいのですが、伝えていくのがとても難しいです。

それぞれの蔵には常に小さな問題点があるのですが、それを問題点ではなくポジティブに「課題」と変換して、蔵全体で取り組むようにしています。例えば、発酵が思うように進まずアルコール度数が出ないという問題があるならば、「アルコール度数を上げよう」と変換し、そのための施策を皆で出し合い、それを現場と一緒にやっていく。私が持っているものを一方的に全部教えるのではなく、共に取り組む中で各人がノウハウを身につけていきます。そうするうちに酒づくりが日々進化しているのを肌身で感じますし、私にとっても非常に勉強になります。

――若い方の中にもしっかりと蔵人マインドが育っているのですね。

はい。酒づくりの3本柱は、素材のよさ、加工のよさ、そして、つくる人の誠意だと思っています。我々がつくった焼酎をお客様が買ってくださり、そのおかげでまた仕込みができます。たくさん仕込みができると、その分ノウハウをためることができます。そのノウハウを品質という形でお客様に還元していこうという気持ちで、日々、酒づくりに取り組んでいます。

健全発酵させれば香りも味も歩留まりもよくなる

――おなじみの「いいちこ」のパッケージでも、中のお酒はどんどん進化しているのですね。

そうですね。私たち蔵人は開発部門ではないので、劇的に変えることはできないのですが、「健全発酵」――読んで字のごとく、健全に発酵させれば香りと味がよくなることが分かってきました。その上、歩留まり*もよくなるんです。逆に言うと歩留まりがいいと香りも味もよくなるので、そこを目指しています。*歩留まり:全体に対する成果の割合を表す言葉。製造業では投入した原料に対する完成品の割合を指す。

それに毎年原料も変わりますし、外部の環境も変わります。よく言われることですが、近年、夏がすごく暑いですよね。その夏の暑さにも耐えられるような“造り”をやっています。

丸尾剛

「いいちこ日田全麹」のリニューアルを担当

――丸尾さんは、いいちこ日田蒸留所の所長も務められました。所長時代はどのようなことに取り組まれましたか?

私がいいちこ日田蒸留所に赴任したのは2012(平成24)年のこと。それから約5年間、所長を務めました。日田蒸留所は第2製造場と違い、「いいちこ」の原酒づくりのほかに、付加価値の高い商品、例えば「いいちこフラスコボトル」や「いいちこスペシャル」の原酒などもつくっています。他の製造場と同じ製造工程を持ってはいるのですが、最終商品が違うということですね。

所長時代に取り組んだことの1つが「いいちこ日田全麹(ひたぜんこうじ)」のリニューアルでした。2008(平成20)年に発売した「いいちこ日田全麹」を、当時の和田久継社長(現会長)から「現行商品よりさらに麹感を増したつくりに」と命を受けました。

丸尾剛

一般的な麦焼酎は一次仕込みに麹、二次仕込みには蒸し麦を使うのですが、「いいちこ日田全麹」は一次仕込みにも二次仕込みにも麹を使います。その二次仕込みに使う麹を、当時使っていたものより麹香の強いものにしようと考えました。

大分県内の醤油メーカーさんに知り合いの工場長がいまして、見学させてもらったことがありました。醤油麹(しょうゆこうじ)というのはすごいんですよ。「ザ・麹」とでも言いましょうか。そのことを思い出して、その工場長に再度お願いして、あらためて勉強に伺わせてもらいました。そうしたらやはりいろいろな気づきがあったんです。

麹は麹室(こうじむろ)に入れて種をつけるのですが、麹菌がついてくると温度がどんどん上がってくるんですね。その醤油メーカーさんでは「もうこれ以上、温度を上げたら危ない」という状態になってから混ぜて風を通していたんです。当時うちでは、そこまで待たずに混ぜていました。醤油づくり、味噌(みそ)づくりにおいては、そのタイミングを重要視されていることが分かったので、同じようなやり方をしたら、自分たちのところでもすごい麹ができたんです。

惜しみなく教えてくださった醤油メーカーさんには本当に感謝しています。おかげさまでリニューアル期間約3カ月で、社長から一発OKが出て、2014(平成26)年11月にリニューアル品発売にこぎ着けることができました。

丸尾剛

若い時は厳しく、その後優しくすることで伸び伸びと

――地元のつながりが、リニューアルの成功につながったのですね。酒づくりはもちろん、醤油づくりや味噌づくりにも欠かせない麹ですが、麹というものはどのように育てるものなのですか?

麹は蒸した麦に麹菌を散布して、約42時間かけてつくるのですが、麹の成長を人間に例えると、つくり始めて10時間ぐらいの時はまだ20代。若いうちにめちゃくちゃ鍛えます(笑)。厳しい環境で育てると成長に勢いがつくんです。

その状態で引き続き厳しくして、ある程度、麹室の中に菌が満遍なく増殖したところで、厳しさをゆるめて優しくします。ちょうど30代後半ぐらいですかね。ノーストレスで優しくすると伸び伸び育つんですよ。そして、ちょっとかわいそうなんですけど、晩年の頃にまた少し厳しくします。するととてもよい麹ができるんですね。

弊社では日本酒も製造していますが、日本酒づくりに使う黄麹はデリケートに育てなければいけません。その様子を見聞きするにつけ、焼酎づくりに使う白麹の強さを感じます。厳しい環境で鍛えるほど、成長するんですよ。

焼酎が四季を通じて醸造できるのは、白麹、黒麹のおかげですね。本当に頼りになるすごいヤツです。麹菌メーカーさんは種麹屋さんとも言いますが、全国にあって室町時代から続く歴史ある麹菌メーカーさんもあるんです。ここ数年でもよりパワーアップした扱いやすい麹菌として進化していて、そのような麹菌をつくってくれるメーカーさんとは今後も良い関係を構築していきたいと思っています。

丸尾剛

プレーヤー7割、指導係3割。今後も焼酎づくりの現場に立ち続ける

――麹を人の成長に例えると分かりやすいですね(笑)。それでは、丸尾さんの今後の展望について教えてください。

もうそろそろ引退でもいいのかな、という気持ちもなくはないのですが、まだまだプレーヤーとして……、そうですね、プレーヤー7割、指導係3割ぐらいの割合で、現場に立ちつつ、後進の指導もしていきたいと思っています。

私がいいちこ日田蒸留所にいた当時の部下たちは今、それぞれに活躍しています。「(指導が)きつかったやろ?」と聞くと「きつかったと思うんですけどね、あの時のご指導はよかったです」と言ってくれてうれしかったですね。若い時は厳しく育てる。麹と一緒ですね(笑)。

丸尾剛

品質を支える最後の関所は人の五感

――機械化やAIの進化に従って、焼酎づくりはどのように変化していくのでしょうか。

私が入社した当時にはすでにコンピューターは導入されており、機械化が進むにつれて、夜間の管理を任せられるようになりました。今後はますますAIが進化していくと思われますが、AIに任せられるところは任せていくべきだと思っています。

ですが、必ず関所として人が見なければいけないポイントがあるんですよ。数値やコンピューターによる分析では出てこないような差異ですね。肌感覚とでも言いましょうか。

私は「一つ一つの所作が大事だよ」と伝え、それを皆で共有するように言っています。例えば色を見る時、「この黄色味がいいんだ」と教えるんですけど、人によって「黄色」の見え方、概念はそれぞれなので、そこをすり合わせていく作業が難しいです。しかしそれが醍醐味でもあります。そこまで人間の感覚に頼らなくても7割8割程度の合格品の酒はつくれます。でも残りの2割3割を向上させるのは人の力であって、それこそが競争力であり、三和酒類の強みです。

我々は毎朝、日々つくられるお酒を必ず人の五感でチェックしています。「味覚パネリスト」という資格を持つメンバー、私もその一員ですが、10人以上集まって、前回検査に合格した基準となるお酒と比較しながら検査を行います。口に含んだ時に広がる味わい、立ち上がってくる香り、見た目などに差異がないかチェックします。10人以上で評価する仕組みにしているのは、参加者個人の判断だけでなく、統計的な視点を加え差異がないか確認するためです。

この出荷前の官能検査は、間違いのない焼酎をつくったことを確認する、いわば瓶詰する前の品質の最終関所のようなもの。我々が最も大事にしている検査です。

大麦麹

土地の人に聞き、その土地の料理に合ったお酒を飲むのが理想

――日々酒づくりの現場に立っておられる丸尾さんですが、ふだんはどのようなお酒を楽しんでいますか?

まず「いいちこ」20度をストレートで1杯飲みます。先ほどお話しした出荷前のチェックは、勤務中ですので、口に含むだけで吐き出しているんです。ですから、のど越しを確かめたくて、家に帰ったらまず1杯。ほとんど儀式のようなものですね。その後に今は「いいちこ下町のハイボール」を飲んでいます。それから「いいちこ日田全麹」のお湯割りを何杯か。トータル2合ぐらいですかね。

他社さんの新商品を試したいときは、「いいちこ下町のハイボール」がビールになったり。日本酒を飲みたい時はお湯割りの前ですね。いいちこ日田蒸留所の近くにはサッポロビールさんの工場があって、技術者の方とも仲よくさせていただいていましたが、ビールづくりのメカニズムなどもいろいろ参考になることがあるんですよね。そういった経験からも、お酒のジャンルを問わず新商品は試すようにしています。

――丸尾さんにとって、理想の酒の飲み方とは、どのようなものでしょうか。

出張に行った時に思うのですが、やはりその土地の方に聞くのが一番ですね。いつも「いいちこ」のお湯割りを飲んでいるからといって、どこに行ってもそれを飲むのではなく、私は必ず「この料理にはなにを合わせたらいいですか?」とお店の方に聞きます。すると「この料理にはこれが合う」と教えてくださいます。

そのやりとりも楽しいですし、おすすめしていただいたものを飲むのが一番美味しいと思いますよ。だから、私も大分に来られた方には「からあげやとり天には、『いいちこ』25度の炭酸割り、氷たっぷり。とり天にかけた後のかぼすを入れてもいいですよ」といった具合にご紹介できる準備はしています。

丸尾剛

――最後にご出身地でもある大分の魅力を教えてください。

これも出張した時によく思うのですが、「大分から来ました」と言ってもピンと来る方が少なくてですね。「別府温泉、由布院温泉、宇佐神宮がある大分です」と言うと「行ったことある!」という方もいらっしゃって。そういった地域ごとの特色が強いのが大分だなと強く感じます。食べ物は海の物、魚は本当に美味しいです。牛肉も美味しいですよね。冷凍ではなく生のものが味わえるのも魅力だと思います。

個人的におすすめなのは小鹿田焼(おんたやき)ですね。「koji note」でも以前、小鹿田焼陶工の坂本工さんを紹介していましたが、日田市の山中にある小鹿田焼の里(皿山地区)は日本の原風景ですし、そこに響く陶土を粉砕する唐臼(からうす)のコンコンという音、燃やす登窯(のぼりがま)の匂い、五感を揺さぶられますね。全工程を手作業で行う窯元(かまもと)の里であり、一子相伝であり。物作りをする者にとっては本当に魅力的な場所です。大分といえば温泉ですが、小鹿田焼の里も県外のみなさんにぜひご紹介したいスポットですね。

丸尾剛
丸尾剛(まるお・つよし)

PROFILE

丸尾剛(まるお・つよし)

三和酒類株式会社 SCM本部付 技術連携チーム 技師
1965(昭和40)年、大分県宇佐市生まれ。1984(昭和59)年の入社以来、一貫して焼酎づくりに取り組む蔵人。2012(平成24)年8月から5年3カ月の間、いいちこ日田蒸留所の所長を務め、「いいちこ日田全麹」のリニューアルに携わる。現在も現場に立ちつつ後進の指導を行う。趣味はゴルフ。家で塩麹、醤油麹を自作するほどの麹愛の持ち主。また「“酒場メシ”ハンター」の異名を持ち、「iichikoスタイル」では「いいちこ丸尾の“酒場メシ”いただきます!」の連載を担当している。