三和酒類渡邊 裕太
――「KOKU NO CRAFT 柚子エール」が「IBC2022」ボトル/缶部門の「Yuzu Beer」スタイルにおいて、世界No.1クラスの外観、香り、風味を持つビールとして、さらにまた「Japan Origin」カテゴリーにおいて、金賞受賞ビールの中から各カテゴリーの最も優秀なビールに与えられる【カテゴリーチャンピオン賞】にも輝きました。受賞を聞いた時はどんなお気持ちでしたか。
発表の日、私は公休日でしたので、家でドキドキしながらパソコンを前にして発表を待っていました。Webサイトで発表された結果を見た時は思わず「やったー!」と叫んでしまい、妻がびっくりしていました。
三和酒類が新施設「辛島 虚空乃蔵」で発泡酒醸造に取り組んでからわずか半年ということもあり、このような受賞を果たすことは、まったくの想定外でした。出品したことすら妻には話していなかったんです。即座に上司にも電話して、「取っちゃった!」「見たよ!」と、驚きと喜びを分かち合いました。もうこれは入社して一番、いや人生で一番うれしい瞬間でした。
――まさか、のうれしい受賞だったのですね。改めてうかがいますが、2022年5月に大分県宇佐市にオープンした「辛島 虚空乃蔵」とはどのような施設なのでしょうか。
辛島 虚空乃蔵は、お客様に「酒づくりと発酵の魅力を心ゆくまで感じてほしい」との思いから、誕生した施設です。宇佐市が全国初の日本酒特区(特区における日本酒の製造体験のための酒税法の特例措置)の認定を受けたことから、醸造体験ができる日本酒醸造場のほか、三和酒類初の発泡酒(クラフトビール)醸造場を併設しています。
「米の蔵」と「麦の蔵」、2つの建物に分かれており、「米の蔵」には、日本酒の醸造体験ができる醸造場、「辛島 虚空乃蔵」限定酒をはじめ三和酒類自慢の本格焼酎、日本酒、発泡酒(クラフトビール)といったお酒をお買い求めいただけるショップ、さらに醸造場でつくりたての限定生酒「和香牡丹 輪奏(わかぼたん りんそう)」の飲み比べができるバー「一角BAR」を備えています。
一方、「麦の蔵」は、私が担当する発泡酒(クラフトビール)の醸造場と、三和酒類の酒と最高に合うように開発した、地元大分の恵みあふれるアテやスイーツを楽しんでいただける飲食スペースを併設しています。「米の蔵」「麦の蔵」共に醸造場には大窓があり、仕込みの日には働く蔵人・ブルワーの動き、日本酒・発泡酒が出来上がっていく様を臨場感たっぷりにご覧いただけるのも特長の1つです。
――発泡酒(クラフトビール)の醸造は三和酒類初の試みとのことですが、辛島 虚空乃蔵ではどのような発泡酒(クラフトビール)づくりに取り組んでいるのですか。
本格焼酎や日本酒、ワインなど、これまでの酒づくりで育んできた「麹と発酵の文化」をビールの世界にも広げ、酒の楽しさをお客様へお届けしたいとの想いを具現化したものが、新たな試みとなった発泡酒(クラフトビール)「KOKU NO CRAFT(コクウノクラフト)」です。
また、大分麦焼酎®「西の星」の原料で、地元宇佐市で栽培・収穫される大麦・ニシノホシの麦芽と、「西の星」に使う大麦麹*1を使った発泡酒(クラフトビール)づくりに取り組んでいます。三和酒類の酒づくりの基本的な考え方である「麹プロジェクト(CCRN)」に則って、長年焼酎製造で培った麹造りの技術のたまものである大麦麹を使用し、三和酒類ならではの発泡酒をつくろうという取り組みです。*1 大麦麹:蒸した大麦に「種麹(たねこうじ)」を振りかけて、大麦全体に麹菌が繁殖した状態。
辛島 虚空乃蔵で醸造した限定発泡酒(クラフトビール)「KOKU NO CRAFT」は、現在のところ、No.1ニシノホシエール、No.2柚子エール、No.3夏エール、No.4冬エール/コーヒースタウト、No.5春エールの5種類を開発しました。(※No.3~No.5は季節限定。2023年4月現在、No.1、No.2、No.5を販売中)
――なるほど、大分麦焼酎の原料となる大麦を使った発泡酒(クラフトビール)とはいかにも三和酒類らしいですね。ニシノホシは大分県が産官一体となって共同開発した麦焼酎づくりのための醸造好適大麦ですが、発泡酒(クラフトビール)をつくるうえでは、どのような特性や癖があるのでしょうか。
ニシノホシはとてもきれいな大麦なんです。一般的な大麦は黄色ですが、ニシノホシはいわば白金色。私は白金色のヒゲがさらさらと風にたなびく姿が大好きです。ニシノホシだけでつくった発泡酒(クラフトビール)はそのままの色が出るのでレモン色になります。癖としてはキレすぎる(ドライになりやすい)傾向にあるのですが、海外産の特徴のある麦芽や、しっかりと香りを出してくれる酵母を使用すると味が乗りやすいので、ベースとしては非常に優秀だと思います。さしずめ、シルクの布を用いたキャンバスといったところでしょうか。
現在のニシノホシエールは海外産の麦芽を加えて調整した黄金色なのですが、初期のニシノホシエールはニシノホシ麦芽の分量が多かったので、今より薄い色でした。しかし、泡もちがあまりよくなかったので、泡もちがよくなる麦芽を増やした結果の現在の色ですね。ビールの泡もちは、麦芽のタンパク質、ホップの苦み成分であるイソα酸、ポリフェノール、水のミネラル分などによって決まるのですが、これらの課題を解決して、いつかはニシノホシ100%の発泡酒(クラフトビール)もつくってみたいと思っています。
――このたび受賞した「KOKU NO CRAFT 柚子エール」は、「辛島 虚空乃蔵」が手がけた2番目の発泡酒(クラフトビール)なのですね。どのようなイメージで開発されたのでしょう。また、予想外の受賞とのことですが、受賞できた要因はどこにあったと思いますか。
「日本一、柚子の香味がある発泡酒(クラフトビール)をつくろう」と思ったのが最初でした。“柚子感のあるビール”はよくあるのですが、うちは“ビール感のある柚子”、つまり、ビールより柚子を前面に打ち出したことが受賞につながったのではないかと思っています。
「KOKU NO CRAFT 柚子エール」に使用しているのは、宇佐市院内町の「櫛野(くしの)農園」様が丹念に育てた品質の高い柚子です。鮮烈な香り、爽やかで柔らかい酸味、皮だけではなく果汁にもしっかりと香りが乗っていて、とてもきれいな黄色。この素材のよさを最大限に表現できれば、きっと誰もがびっくりするような味わいのクラフトビールができると信じていました。ホップを入れるタイミングを調整して苦みを抑え、柚子の加え方を工夫して香りを引き出すなど、試行錯誤の過程は、正直なところ大変ではありましたが、苦労が実りました。
地元の大麦・ニシノホシだけでなく、その他の素材にも大分県産を使うことは、「麹プロジェクト(CCRN)」の概念にある、クラフト技術(Craft)、地域性(Region)へのこだわりによるものです。「KOKU NO CRAFT 柚子エール」の柚子だけでなく、「KOKU NO CRAFT 冬エール/コーヒースタウト」に使用しているコーヒーも宇佐市内にある「樹豆珈琲(きまめこーひー)」様の「宇佐ブレンド」を使用しています。今後も「KOKU NO CRAFT」のコンセプトである「飲むシーンと酔い心地」を表現するのにふさわしい大分県産品があれば、積極的に取り入れたいと考えています。
――ではここで渡邊さんご自身について教えてください。渡邊さんが三和酒類で働くことになったきっかけはどんなことですか。
私は小学3年生の頃から料理を始めた大の料理好きです。食に関する仕事に就きたくて鹿児島大学農学部に入学しました。学部から同大学院農学研究科生物資源科専攻に進み、植物由来の抗菌ペプチド*2(カビや細菌などに抗菌作用があるペプチド)の研究をしていたのですが、大学院時代に受けた焼酎製造学部門の講義が非常に面白くて、焼酎を仕事にしたいと思ったことがきっかけです。そしてせっかくなら、出身地である大分県の焼酎メーカーで働きたいと強く思いました。*2 ペプチド:アミノ酸とアミノ酸が結合(ペプチド結合)して、2個以上つながった構造のもの。
実は私、お酒はあまり得意ではなかったのですが、焼酎づくりの面白さを知って焼酎に興味を持つようになり、三和酒類を志望するようになってから麦焼酎の美味しさを知りました。順番が逆ですよね。ビールに関してはそれより少し前、大学3年生の頃に国内でベルギービールのブームが起きて、すっかりはまってしまいまして。バイト代をつぎ込んでベルギービールをよく飲んでいました。
――焼酎製造に興味を抱き三和酒類に入社したのですね。入社後はどのようにキャリアを積みましたか。
2012年に入社してすぐ、焼酎製造に配属されました。最初の1年間は原料処理を担当、2013年に発酵管理担当を経て、原料調達のチームに異動しました。
三和酒類では5つの製造場それぞれが年間300回以上焼酎を仕込んでいきます。原料はほぼ毎日入荷しますが、もし入荷日を1日でも間違えれば大変なことになります。シビアなプランニング力と外部の協力業者様との交渉力が身につきました。配属当初は国内の原料加工会社からの調達を担当し、その後、オーストラリアから大麦の原料調達も担当しました。
この部署にいた5年間で10回程度オーストラリアに足を運んだのですが、実際に現地の大麦農家を回り、農家さん方といろいろお話しする中で仕事の面白さに目覚めました。日本のみらならず、世界の穀物原料の流通・品質管理などについて学ぶことが多く、現在のニシノホシ麦芽の調達などにこの頃の経験がしっかりと生きていると感じます。
2018年に総務部へ。採用や新入社員研修を担当し、2年後の2020年に念願の商品開発課に異動となりました。入社当時からものづくりがしたかったので、とてもうれしかったのと同時に身が引き締まる思いでした。そこでは「焼酎のF1マシンをつくろう」と、イギリスで開催される、世界的に権威ある酒類品評会である「インターナショナルスピリッツチャレンジ(ISC)2021」にて、部門の最高位である【トロフィー】を受賞した本格麦焼酎「iichiko RESERVE 禅和 2021」などの開発に取り組みました。そして2021年2月に「辛島 虚空乃蔵プロジェクト準備室」に配属、発泡酒(クラフトビール)醸造、工場立ち上げの担当となりました。
――発泡酒醸造は三和酒類としては新たな挑戦ですが、どのようにして知識や技術を習得したのですか。
最初は前任者の先輩に習い、試験設備で発泡酒を仕込めるようになりました。しかし狙った香味に近づけることができず悶々とする日々。そんな中、「SHIROYAMA HOTEL kagoshima(城山ホテル鹿児島)」内にある城山ブルワリー様で1カ月研修をさせていただけることになりました。こちらのヘッドブルワーでいらっしゃる倉掛智之様が私のお師匠です。レシピはもちろん、仕込みの勘所や免許申請方法に至るまで、本当に惜しみなく教えていただきました。
そして、醸造の過程においては、そもそも根本の配慮が足りていなかったことに気づいたのです。まずは水。焼酎や日本酒づくりにおいて水が大切なことはいわずもがな。三和酒類では会社の敷地内で汲み上げる地下水を使用しています。しかし、ビールの味わいを最大限に引き出してあげるためには、水から仕込む、つまりミネラル分やpH*3を調整することが必要なんです。
次に、麦芽の粉砕方法。試作段階で使っていた製粉機では殻ごと粉々にしていたのですが、専用の粉砕機を用いて、殻は砕かれないように、中身だけ適切な大きさに粉砕することが大事です。他にもビールに苦みや香りをつけるためのホップの量や、タンク容量に応じた作業感など本当に多くのことを学びました。*3 pH:水素イオン濃度指数。酸性、中性、アルカリ性に分類するための尺度。
――「師匠」には手の内のほとんどを教えていただいたのですね。これは業界的には珍しいことなのでしょうか。
2018年の酒税法改正により、ビール、発泡酒(クラフトビール)の定義が変更されました。ビールに使える副原料が増えたことなどもあり、全国的に多くのブルワリーが立ち上がりました。業界全体で盛り上げていこうという機運が高まり、地ビール時代からクラフトビールをつくってきた城山ブルワリー様のような雄が惜しみなく研修を受け入れてくださったと思っています。そのご恩もあり、私も「辛島 虚空乃蔵」に見学に来られた方には、できるだけ多くの知識や知見をお伝えするようにしています。
――渡邊さんご自身、そして「辛島 虚空乃蔵」は今後どのように進化していくのでしょう。
本格麦焼酎「いいちこ」の三和酒類から「総合酒類メーカー」の三和酒類へ。それは創業者が様々なお酒づくりにチャレンジしようとした、創業の精神の表れだと思っています。発泡酒(クラフトビール)づくりを始められたのも、この創業の思い、チャレンジ精神が三和酒類の根幹にあるからだと思います。「いいちこ」が生まれたのも果敢なチャレンジの結果です。辛島 虚空乃蔵は三和酒類の新たなチャレンジの場。地域の素材を使った驚きのある発泡酒(クラフトビール)づくりを通じて、大分県宇佐市の魅力、そして三和酒類の魅力を世界に発信していきたいと思っています。
――それでは最後にご出身地でもある大分県の魅力を教えてください。
大分県は食べてよし、住んでよし。海の幸、山の幸、食材は最強だと思います。酒蔵も多く、食に関してはどの都道府県にも負ける気がしません。そして都心部へのアクセスがいいのに、日常はのんびり田舎暮らしが満喫できる。仕事とプライベートのオンオフがつけやすく、とても住みやすいです。プライベートを大事にしたい方には大分県での暮らしはうってつけだと思います。
PROFILE
渡邊裕太(わたなべ・ゆうた)
三和酒類株式会社 辛島 虚空乃蔵 チームリーダー
1987年、大分県竹田市出身。鹿児島大学農学研究科生物資源科専攻修士課程にて修士号取得後、2012年、三和酒類に入社。焼酎製造、原料調達、総務、商品開発などさまざまな部署でキャリアを積み、2022年より「辛島 虚空乃蔵」にある発泡酒(クラフトビール)醸造場の責任者を務める。趣味はクラフトビールと料理。「パスタなら店に負けない」という料理の腕前で奥様の胃袋をつかむ。休日は朝から食材調達、その日自分が食べたい料理を作り、世界中のクラフトビールを楽しむ。女児2人の父。健康のためのジョギングも欠かさない。