丸岡生行「『大麦乳酸発酵液ギャバ』を開発/酒造りの副産物を持続可能な形で有効利用していきたい」

「大麦乳酸発酵液ギャバ」を開発/
酒造りの副産物を持続可能な形で有効利用していきたい

三和酒類丸岡 生行

この「by SANWA SHURUI」のコーナーでは、三和酒類の最前線で働く人たちが登場。酒造りにかける思いやこだわり、メッセージを自分の言葉で伝えます。今回は、三和研究所の研究スタッフの丸岡生行が、食品事業の柱のひとつ「大麦乳酸発酵液ギャバ」をつくる乳酸菌の発見のいきさつや、三和酒類が目指す焼酎粕や「発酵大麦エキス」など副産物の有効利用の将来像などについて語ります。
文:青柳直子/写真:三井公一

微生物を産業に利用したいという思いで三和酒類へ

――丸岡さんは京都大学大学院農学研究科にて博士号を取得していますが、学生時代はどのような研究をしていたのですか。

修士課程では、「藍藻(らんそう)における鉄硫黄(てついおう)クラスター形成機構の解明」について研究していました。

この鉄硫黄タンパク質というのはすべての生物にあるもので、呼吸や光合成をする時に電子のやりとりを行います。藍藻は光合成をする微生物なので、藍藻が光合成をする際、鉄と硫黄が結合した鉄硫黄クラスター*1がどのように形成されるのかを解明することで、植物の光合成における鉄硫黄クラスター形成のメカニズムを解明しようという研究です。

*1 クラスター:化学の世界でクラスターは、原子や分子が数個から数千個程度集まったものを指す。

今から20年ほど前にはまだそのメカニズムが解明されていなかったので、私が所属していた研究室が研究テーマとしてそれに取り組み始めた頃でした。

丸岡生行

学部時代は九州大学農学部で過ごしました。そこではもっぱら土壌の微生物の研究をしていました。高校生の頃から環境問題に興味があって、ダイオキシンなどの環境汚染物質を微生物の力で分解する研究をしたいと思っていたんです。大学院は京都大学に行ったのですが、京都でもそういった研究をするつもりでした。ところが、ちょうど在籍した研究室の主軸研究がシフトした頃で、本来の希望とは少し異なる研究をすることになりました。

修士課程修了後に就職活動を始めました。「微生物を産業に利用したい」という思いをずっと持っていたので、微生物を使ったものづくり産業のひとつである醸造業界を志し、三和酒類に就職しました。ちょうど三和酒類が酒造りに加え、微生物を使った食品事業に乗り出した時期でしたので、私がこれまで培った知識を活かすことができるのではないかと思ったからです。

博士号に関しては、2021年、「発酵大麦エキス由来皮膚バリア機能改善物質に関する研究」という博士論文を作成し、京都大学で学位を取得しました。

「いいちこ」の醸造工程で得られる「発酵大麦エキス」の活用法を研究

――三和酒類が食品事業をスタートさせた、まさにその時期に、就職したのですね。

はい。グッドタイミングでした。就職してすぐに研究所に配属になりました。当時は、弊社代表取締役社長の下田雅彦が研究所長を務めていました。その後、所属研究所の名称は変わっていきますが、私は乳酸菌を使った発酵や発酵大麦エキスの機能性研究を行ってきました。「発酵大麦エキス」とは、本格麦焼酎「いいちこ」の醸造工程で発生する、焼酎粕からつくられる食品素材です。

――現在は三和研究所 クロスオーバーセンター研究開発室 応用研究チームのチームリーダーを務めていますが、このチームは三和酒類の中でどのような役割を担っているのですか。

三和研究所は「拓かれた研究所」として、理系文系、性別、年代を問わず集まったさまざまな意見を吸い上げ、それを商品開発に役立て、日本のみならず世界に必要とされる商品作りを目指しています。クロスオーバーセンター研究開発室は主に商品開発を担っている部署で、その中の応用研究チームは3年ぐらいの中期スパンで、商品開発につながる「種」を見つけて、社会実装するという役割です。商品開発といっても酒類だけではなく、その他さまざまなジャンル、視点から、弊社の事業とマッチする「種」を探しています。

丸岡生行

ギャバを生産する乳酸菌を発見

――その「種」のひとつが、「大麦乳酸発酵液ギャバ」ということでしょうか。

「種」としては、弊社の「大麦乳酸発酵液ギャバ」を生産する乳酸菌を発見した、ということになります。

――どのようにしてその乳酸菌を発見したのですか。

私が入社して2年目ぐらいの頃、ギャバ*2の生産ではなく、別の目的に使うための乳酸菌を探していました。ある発酵食品から採取した乳酸菌を使って、とある物質を増やそうとしていたのですが、逆にほぼなくなってしまったんです。その原因を究明すべくさまざまな文献をあたったところ、ギャバを生産している可能性が考えられました。私が研究していた乳酸菌とは別種の乳酸菌ですが、現象が似ていたため、調べてみると、やはりギャバを生産しているということが分かりました。

*2 ギャバ(GABA):Gamma-AminoButyric Acid(γ-アミノ酪酸)の略。植物に含まれるアミノ酸の一種で、人間の体内でも合成される。体内では特に脳に存在しており、脳の興奮を低減させ、ストレスや緊張を和らげる働きがあると言われる。

――「ギャバを生産する乳酸菌を見つける」ということがミッションとしてあったわけではないのですね。

そうなんです。まったくの偶然。求めていたものとは違う方向にいった結果の発見でした。

大麦乳酸発酵液ギャバ

――「思わぬ発見」というのは微生物研究においてはよくあるのでしょうか。

どちらかというとまれだと思います。ギャバを生産する乳酸菌自体は珍しいものではないのですが、私が発見した乳酸菌は結構タフで、ちょっとやそっとの環境変化には動じない強い生命力を持っています。しかも増殖力も強く、旺盛にギャバをつくってくれるんです。

運が良かったですね。その乳酸菌を発見した2004年当時は、「特定保健用食品ギャバ」がちょうど世の中で知られ始めた頃だったので、これは使える、ということでBtoB商品として生産を始めました。

発見した乳酸菌を発酵大麦エキス培地に入れて再発酵させることでギャバを生産させるんです。商品化にあたっては、液体のままだと扱いづらいので、粒状に。細かい粒だと固まってしまうため、少し大きめの粒に造粒しました。

乳酸菌発見から「大麦乳酸発酵液ギャバ」の商品化まで約3年

――乳酸菌発見から商品化まで、どれぐらいの歳月がかかったのでしょうか。

3年ほどかかったと思います。まずは実験室内でどのように培養するか調べ、その後、本生産に向けて、大きなスケールで試験をするのですが、その過程が大変なんですよね。

私は実験室内の小さなスケールで条件検討をして、ギャバが一番多く生産できるポイントを見つけるという研究を行いました。その後、本生産に向けての試験は先輩社員にバトンタッチしたのですが、スケールが大きくなると発酵がうまくいかなかったり、専用のラインを設ける必要があったり、各所調整が必要で、苦労されたと聞きました。

丸岡生行

三和酒類のギャバの特徴は「肌弾力」と「活気・活力」の機能性

――商品化にあたってはさまざまなご苦労があるのですね。そうして商品化された「大麦乳酸発酵液ギャバ」の特徴について教えてください。

ギャバ自体は他社でも多く商品化されており、主な機能性表示食品対応素材としては「睡眠」「疲労感・ストレス」「血圧」の3つがうたわれていることが多いと思います。弊社の「大麦乳酸発酵液ギャバ」は、この3つに加えて「肌弾力」と「活気・活力」の2つの機能性をうたうことができます。この5つの機能性を表示できることが、弊社の「大麦乳酸発酵液ギャバ」の強みです。

――どれもうれしい機能ばかりですね。ところで、そもそも乳酸菌というのは何種類あるのでしょうか。

まだ見つかっていないものもたくさんあると思うので、何百何千と存在していると思います。

――「大麦乳酸発酵液ギャバ」のように、新しい乳酸菌が発見されると新商品が開発されるという流れでしょうか。

乳酸菌飲料やヨーグルトなど、他社でも乳酸菌などの微生物を使った機能性表示食品は多数開発されていますが、新しく発見した菌からつくることもあれば、元々ストックしていた菌をさまざまに実験した結果、新たな機能が発見されたというパターンも多々あると思います。

人間の役に立つ未知なる微生物がまだまだ存在する

――なるほど。各企業がそれぞれに菌を多数ストックしているのですね。長年、微生物や乳酸菌を研究してきて、改めてどのようなところに魅力を感じますか。

微生物全般について言うと、人間が発見している微生物はおそらく全体の数%で、まだ人間が手をつけていない、例えば深海や宇宙空間などには、未知なる微生物がたくさんいるはずなんです。人間が苦手なアルカリ性が好きな菌がいたり、90℃ぐらいの高温下で生存する菌がいたり。さまざまな性質を持つ未知なる菌の中に、ものすごく人間の役に立つ菌がいるんじゃないかという期待感があって、そういうところが微生物研究の面白いところですね。

中でも乳酸菌や麹菌、酵母は、とても魅力的な生き物だと思っています。我々、醸造企業は麹や酵母のおかげで生産ができているので、菌に足を向けて寝られない(笑)。京都に「菌塚」*3といって、菌を供養するための塚があるんですよ。実験過程においては、せっかく培養した何億もの菌を一気に殺生することを繰り返していますので。私も一度「いつもお世話になっています」という気持ちでお参りしたことがあります。署名欄にはそうそうたる大学の先生のお名前がありました。

*3 菌塚:京都市内の曼殊院(まんしゅいん)門跡にある菌の霊を弔うための塚。1981(昭和56)年、元大和化成株式会社取締役社長の笠坊武夫氏によって建立された。研究や開発のために死滅した菌類に感謝し供養したいという笠坊氏の願いが込められている。毎年5月には菌塚法要が行われる。

丸岡生行

長年受け継がれ、淘汰されてきた麹菌や乳酸菌

――菌を供養するための菌塚! 研究者の方々の菌に対する思いが伝わってきます。特に麹菌や酵母、乳酸菌は人の歴史と共にある菌なので、なおさらですね。

そうですね。東京大学名誉教授の北本勝ひこ先生が、「麹菌は人に飼い慣らされた菌だ」というような表現をされていましたが、まさにそのとおりで、長年、受け継がれて淘汰されたものが残っているということだと思います。ヨーロッパにおけるヨーグルトを作るためのブルガリア菌などの微生物、チーズをつくるための乳酸菌やカビなども、同じようなことが言えると思います。

丸岡生行

酒造りの過程で出た副産物を持続可能な形で有効利用、循環させていく

――三和研究所として、丸岡さんご自身としても、今後どのような方向性で研究を続けていくのでしょうか。

私個人としては、今後も焼酎粕の有効利用について研究を続けていきたいと思っています。これまでは主に飼料や肥料として利用することが多かったのですが、固定観念にしばられず、さまざまな利用法を探っていきたいです。

焼酎粕から発酵大麦エキスがつくられますが、栄養分が豊富な液体ゆえに腐りやすいのがネックです。腐敗しやすいということは微生物が生えやすい。つまり乳酸菌にとってもよい環境なので、発酵大麦エキスと乳酸菌を組み合わせた研究に引き続き取り組んでいきたいと思います。さらにはろ過する前の焼酎粕そのもの、またろ過した後に残った固形物の有効活用についても研究していきたいと思っています。

酒造りの過程で出た副産物を持続可能な形で有効利用、循環させていくことが、SDGsが重視される現代社会において、弊社が取り組むべき課題であり使命でもあると考えています。

丸岡生行(まるおか・なるゆき)

PROFILE

丸岡生行(まるおか・なるゆき)

三和酒類株式会社 三和研究所 クロスオーバーセンター 研究開発室 チームリーダー
1977年、福岡県生まれ。九州大学農学部から京都大学大学院農学研究科に進み、微生物を研究。修士号取得後、2003年三和酒類に入社。研究所に配属される。2004年「大麦乳酸発酵液ギャバ」を開発。現在は三和研究所 クロスオーバーセンター 応用研究チーム チームリーダーを務める。プライベートでは2児の父。実家に帰省した際は、「麦焼酎いいちこ25度」を愛飲する父と共に、いいちこソーダ割りを楽しむ。大学時代よりロックバンドのドラムを担当。三和酒類の社員3人で「虚空式(ぜろしき)」というロックバンドを組み、定期的にライブ活動も行う。2021年博士号(京都大学)取得。