三和酒類松本 真一郎
――松本さんは、クロスオーバーセンターという部署で、「酒質」開発を担当しています。具体的には、どのようなことを行っていますか。
そもそも「酒質」とは、お酒の味、香り、テクスチャー(飲み口)、余韻、アルコールによる刺激など、お酒を飲んだときに五官で感じるすべてを表わす言葉です。「酒質」を追求するために、まずは研究所でビーカーレベルの研究開発を行います。分かりやすく分量に置き換えると、300g程度のボリュームで試験仕込みを実施します。
ところが、仮にビーカーレベルでうまくいったとしても、それをいきなり商品化して工場レベルまでスケールアップしてみると、いろいろな不都合が出たり、「酒質」に細かな変化が生じたりします。
そこで私たちは、研究所と工場のちょうど中間にあたるプラントレベルで、「酒質」を調整しています。分量に置き換えると、300kg程度のボリューム。研究所レベルの1,000倍にスケールアップして「酒質」をコントロールしているのです。私たちの主力商品である本格麦焼酎のほか、リキュールや焼酎以外のスピリッツ(蒸留酒)も開発しています。
――いったい何が「酒質」を決めているのでしょうか。
本格麦焼酎の場合、①原料である大麦と水、②麹、③酵母・発酵、④蒸留方法、⑤貯蔵方法という5つの要素があります。特にどれかが突出して大事というわけではなく、すべてが重要であり、5つの要素の組み合わせに左右されます。
――「酒質」を決める際、意識していることを教えてください。
造り手が本当に良いと思うものを追求することが三和酒類の手法です。自分たちが心の底から美味しいと思うもの、多くのお客さまに喜んでいただけると確信できる商品を提供したいという思いで「酒質」を追求しています。
とはいえ、造り手の思いばかりを先行させているわけではありません。仕事で国内外の醸造所・蒸留所に視察に出かけたり、プライベートでも居酒屋やバーなどさまざまなシーンで酒類の“今”を肌で感じながら、お客さまと市場の新たなニーズを捉える努力をしています。現在、コロナ禍でそうした情報収集の中断を余儀なくされているのが、残念です。
また、クロスオーバーセンターのメンバーたちとは、酒類・飲料に関する情報を扱う業界専門紙の発行元から毎日配信されるニュースをテーマに、消費者や同業他社の最新動向を自分たちなりに考察するブレストを毎日行い、知見と視野を広げています。
――他にはない、三和酒類の「酒質」に対するこだわりを教えてください。
まずは全麹仕込みです。全麹仕込みを説明する前に、改めて本格麦焼酎の造り方を解説します。本格麦焼酎では、蒸した大麦に麹菌を付けて麹を造り、麹菌の酵素で大麦のでんぷんを糖に変える「糖化」を行います。酵母がアルコール発酵を行う原料は、でんぷんではなく、糖なのです。できた麹と水、酵母をタンクに入れるとアルコール発酵が始まります。これを一次発酵と呼びます。日本酒や焼酎の発酵は、酵素による糖化と酵母によるアルコール発酵が並行して進むことから、並行複発酵とも呼ばれています。
三和酒類では自社製酵母をメインに使用しています。新酵母の開発には最低でも3年程度かかり、自社製酵母をメインに使用して酒造りをしている蒸留所は、世界的にも珍しいと思います。
5日間かけて一次発酵を行うと、酵母の発酵活動が活発になります。そのタイミングで原料を追加して分量を約3倍に増やし、二次発酵を行います。通常の仕込みでは、二次発酵の原料として大麦と水を加えます。これが普通仕込みです。
この二次発酵で、大麦ではなく麹を加えるのが、全麹仕込み。独特の麹フレーバーと、うま味フレーバーが強く感じられます。焼酎に、旨味成分のアミノ酸が入っているわけではないのですが、うま味を連想させる独特の風味が得られるのです。
――三和酒類の本格麦焼酎は、すべて全麹仕込み100%なのですか。
全麹仕込み100%の「いいちこ日田全麹」という商品もありますが、「いいちこ」など他の商品では、全麹仕込みと普通仕込みの原酒をブレンドしています。
――すべての商品を全麹仕込み100%にしない理由は、どこにあるのでしょう。
全麹仕込み100%は麹の風味が引き立ち、味わいも余韻もしっかりします。お酒単体で楽しむなら、それでもいいのですが、多くの人は本格麦焼酎を食事とともに味わう食中酒として愛飲しています。食中酒は食事の引き立て役ですから、自己主張が強過ぎると食事の邪魔をする恐れがあります。主役の食事を脇役の焼酎が食うわけにはいかないので、全麹仕込みと普通仕込みの原酒を適度にブレンドしているのです。
――全麹仕込み以外に、三和酒類の酒造りのこだわりはありますか。
それは、先ほども軽く触れたブレンドの技術です。三和酒類では、先ほどお話した5つの要素を組み合わせた数十種類の原酒を造り、 大切に貯蔵しています。そして商品特性に応じて、 香りに特徴のあるものや味わいがしっかりしたものなど複数の原酒をブレンドしています。同じ「いいちこ」でも、25度、20度、12度では、そのブレンド内容は異なります。例えば20度は、25度よりもアルコール度数が低めですから、風味が少し強めに感じられるように微調整しているのです。
――そういえば、ウイスキーも原料は大麦ですよね。同じ大麦で造る蒸留酒ですが、ウイスキーと本格麦焼酎の違いはどこにあるのでしょう。
ウイスキーは、大麦を発芽させた麦芽(モルト)が原料。本格麦焼酎は、麹菌の酵素が大麦を糖化させるのに対して、麦芽は発芽時の酵素の働きによって糖化が行われます。この粉砕した麦芽とお湯から麦汁(ウォート)ができます。 焼酎は2週間ほどかけて並行複発酵を行うのに対して、ウイスキーはこの麦汁(ウォート)を酵母で2~3日程度 、一次発酵させます。
本格麦焼酎の並行複発酵ではもろみのアルコール度数 は18度まで上がるので、1回の蒸留で原酒のアルコール度数は40〜45度に達します。ウイスキーは発酵日数が短いため 、もろみのアルコール度数は8度程度までしか上がりません。そこで、蒸留を2回行い、蒸留のハート*部分を回収することで原酒のアルコール度数を60〜70度まで高めます。蒸留を2回行うと、アルコール純度は高まる半面、原料由来の風味はよくも悪くも感じにくくなります。1回しか蒸留しない本格麦焼酎では、原料の麹の風味が残り、前述のような麹フレーバーやうま味フレーバーが得られるのです。*ハート:2回目の蒸留を終えたウイスキーの、ポット・スチルから留出してくる液体の最初の部分をヘッド(初留)、最後の部分をテール(後留)と言い、それを取り除いた「中留部分」のことを指す。
――同じ蒸留酒でも、そんな違いがあったのですね。
発酵が2週間にも及ぶ焼酎造りは、人と菌が協働しているようなものだと思っています。麹菌や酵母は対等のパートナーであり、ときに子どもや家族のように慈しみながら、その個性をどこまで引き出せるか、お客さまが望む香味にいかに近づけられるかを研究し、日々実践に励んでいます。発酵期間が短いウイスキーが、より効率と合理性を重んじたことと対照的で興味深いです。
――最後に個人的な話を聞かせてください。まず、三和酒類にはどういう経緯で入社したのですか。
私が生まれ育ったのは、福岡県北九州市の八幡で、決して自然環境が豊かな土地柄ではなかったので、多感な思春期には、無いものねだりで椎名誠さんや野田知佑さんといったナチュラリストへの憧れが募りました。自然が豊かな場所で、自然と膝を付き合わせる農業を学びたいという気持ちが強くなり、高知大学で農業を学ぶことを選びました。
高知は酒どころで、学生時代はお酒を飲む機会も多く、卒業後は大学での学びを活かせる酒類メーカーで働きたいと思うようになりました。就職活動は、就職情報サービスに頼らず、書店で購入した1冊の酒事典を頼りに進めました。そこに掲載されている酒類メーカーに片っ端から電話をかけ、「今期の採用はどうなっていますか?」と問い合わせたのです。大手よりも、早くからいろいろな経験が積めそうな中小のメーカーが希望でした。その一つが三和酒類。すでに新卒エントリーを締め切っていたにもかかわらず、有り難いことに「面接に来てもいいですよ」という返事をもらい、縁あって入社に至りました。
――仕事のために、日頃から気を付けていることがあったら、教えてください。
私たちは毎日30分ほどかけて、出荷前の検査を行っています。その柱になっているのは、製品を実際に口に含んで確かめる官能試験です。各種センサーはずいぶん進化しましたが、まだまだ人間の舌や鼻などの感覚の方がはるかに優れているのです。
官能試験を担うのは、自社の厳しい基準をクリアした「味覚パネリスト」のみ。私もその一人です。製品の善し悪しをニュートラルに判断するには、自らの体調が常に安定した状態であることが最低条件。さらに、音楽家が楽器の練習を1日も欠かさないように、味覚パネリストとしての能力も、毎日欠かさず検査を続けることで保っています。
そのため体調管理には日々気を配りながら、ほぼ同じ時間帯に同じペースで利き酒しています。体調管理で何より大切なのは食生活。管理栄養士の資格を持つ妻が、栄養バランスに配慮した食事をいつも用意してくれています。その点に関しては、感謝しかありません。
――剣道五段の腕前と聞きました。
子どもの頃から、戦国時代を題材としたNHK大河ドラマが大好きでした。武士への憧れから、12歳で剣道を始めました。以来、ブランクを挟みながら30年ほど続けています。現在も、当社の剣道部が主催する道場で、地域の子どもたちの指導のために、毎日2時間程度、剣道を続けており、昨年44歳で五段に昇段できました。
私には3人の子どもがいます。3人とも剣道をしており、昨年は当時小学6年生の長女と4年生の次男が、大分県の学年別大会で優勝しました。親としては、晴れがましい限りです。子どもとは違い、私は選手としては活躍できませんでしたが、剣道を続けてきたことは、いまの仕事にも役立っていると感じています。
すでに触れたように、味覚パネリストの一員として体調管理は欠かせません。そこにはフィジカル面だけではなく、メンタル面のコンディションも大事。気分にムラがあり、それが評価に影響するようなことがあってはならないのです。剣道はフィジカル面を整えるだけではなく、メンタル面を整えるうえでも役立っていると思っています。
――最後に改めて、焼酎造りの魅力について聞かせてください。
焼酎造りと剣道を長年続けていると、両者には共通点が多いことに気づかされます。どちらも日本文化の粋であり、多くの先人たちが試行錯誤を重ね、数百年以上もバトンリレーを繰り返しながら、現代まで綿々と伝えてきたものです。
現在、焼酎造りで私たちが利用している麹菌、酵母、技法などは、すべて過去の偉大な遺産のうえに積み上げられているのです。そしてモノとしての焼酎の背景には、剣道と同じように、造り手と飲み手が紡いできた“焼酎道”とでも呼ぶべき深い精神性が感じられます。焼酎の場合、起源が定かではない名もなき民衆の酒として大切に伝わってきた経緯にも、個人的には大きな魅力を感じています。
焼酎造りにも、剣道にも、終わりはありません。突き詰めるほど、新しい世界と課題が見えてきます。一生かけてもゴールにはたどり着けないと分かっていますが、次世代にバトンを渡すまで、どちらも自分なりの精進を続けたいと思っています。
PROFILE
松本真一郎(まつもと・しんいちろう)
三和酒類株式会社 三和研究所 クロスオーバーセンター 課長
1976年、福岡県北九州市生まれ。2000年、高知大学農学部卒。同年、三和酒類株式会社へ入社。以来、焼酎製造、研究開発の部門で業務を行う。2021年7月より三和研究所クロスオーバーセンター課長(現職)。一般社団法人日本ソムリエ協会認定ソムリエ。剣道五段。剣道以外の趣味は、読書と歴史的建造物の探訪。好きな作家は、開高健、司馬遼太郎。座右の銘は「悠々として急げ」。司馬遼太郎の「街道をゆく」を読み、その場所を訪れて重層的な歴史に思いを馳せる=「歴史を紀行する」ことが至福の時間。家族構成は、妻、長男、長女、次男。