カテリーナ古楽器研究所 主宰松本 未來
――それでは、楽器製作の工程について教えてください。古楽器の復元ではまず、絵画や文献をひもとくことから始めるそうですね。
はい。ですが、中世・ルネサンス期のヨーロッパの楽器に特化した文献ってすごく少ないんです。ヨーロッパでの古楽器の復元作業はもちろん日本より本場ですので、いろいろ情報はあって、誰かが作った設計図もあるのですが、それは現代に作られた設計図なので、それが正解かどうかは分からないんです。というのも当時の楽器で現存するものがないからです。文献も読みますが、それを元にすると「それになりすぎてしまう」んですよね。だから僕は絵画を元に、自分ならどうアウトプットするのか考えるところから始めます。音楽に特化したものは少ないですが、中世絵画や美術史に関する文献はたくさんあるんです。
例えばこの絵。真ん中の人がバイオリンのようなものを持っています。
平面的に描かれていますが、後ろの人も同じような楽器を持っています。真ん中の人が持っている楽器は本当にこのサイズだったのかな、顔6個分くらいの大きさがあるものを果たしてこのように持って弾くことができたのか、多分違うんじゃないか。となると、後ろの人が持っている楽器ぐらいが普通に持てるサイズだったのではないか、と考察していくんです。
バイオリン系の擦弦(さつげん)楽器以外もよく見ていくと、右側には笛のようなラッパのようなものを持っている人もいます。プサルテリウムという琴型の楽器のような形をしたものを持っている人もいます。中心人物の上には管楽器のオーボエのような楽器を持っている人、左端には丸い太鼓のようなものも描かれています。このようにひとつずつ見ていきながら、現代楽器からの推測も加えておおよその全長を割り出していきます。
この真ん中のバイオリンのような楽器はフィデールというまさにバイオリンの先祖で、中世ヨーロッパの宮廷社会では、 最も重要な弓奏楽器として位置づけられていました。フィデールにはいろんなサイズがあったと言われています。土地によって違う人が作っていたこともあり、また材料取りの時点で大きさが異なった可能性もありますよね。日本でも尺八などの笛類はその人の声に合わせて、大きさを変えて作られていました。その後、オーケストラとして演奏する時代になって、バイオリン、ビオラといった大きさ、音域の規定ができたと言われています。
研究者の復元ではないので「当時どのように作ったか」だけにとらわれず、現代楽器との融合なども行っています。
※製作工程は記録として設計図に残す
――使用する木材に関しては、お父様の松本公博(まつもと・こうはく)さんは東京・武蔵野周辺の開発で切られた木を用いたとのことですが、今でも日本の木を使っているのでしょうか。大分の木を使うこともありますか。
はい、近くで山の伐採があると聞くと駆けつけて、いろいろ調達しています。響板材には針葉樹を使い、周りには堅木といってカエデなどの広葉樹を使います。針葉樹はマツやイトスギなどですが、日本のクロマツやアカマツはヤニが強いので響板材にするとあまり響かないんですね。なので、そこはカナダのスプルースなど、寒い地方の外材を使います。日本のものなら唯一北海道のトドマツが使えます。
九州でヨーロッパの古楽器を作るということは、実は製作環境としてはあまりよくないんです。湿度も温度も高いですし、台風も多い。でもよくよく考えれば僕が作った楽器が使われるのは日本で、もちろん九州で使う人もいます。その土地になじませるという意味合いではこういう場所で作ること、この土地の木材を使うことは有効かもしれないと思っています。
――古楽器は年間どれくらい製作されますか。演奏家からのオーダーが多いのでしょうか。
大きなものになると年間20本以内ですね。楽器の製作には、工程の合間で木材の状態が不安定になって「木が動くのをやめる」まで待つ時間や、塗装が乾くのを待つ時間といった手を動かしていない時間も必要なので、どうしても1本作るのに数カ月かかります。基本的には演奏家の方からのオーダー品が多いです。例えば今製作しているのは、現代ギターのギタリストからのオーダーのシトールです。中世のギターであるシトールは4弦仕様で複弦*1になっているので基本は8弦なのですが、リクエストにより5弦仕様で10弦のものを作っています。*1 複弦: 2本の弦を同じ位置に重ねて張ることで、同じ音階を同時に出すことができる仕様。音の厚みと豊かさを増す効果がある。
小さな琴型の楽器のベビーライアーや竹のリコーダーは、普及品としてたくさん作っていて、一般の方はこれらの楽器を購入されたりワークショップで作られたりすることが多かったのですが、最近、ライブなどで古楽器に触れ、興味を持って発注してくださる方が増えてきているんです。現代楽器を含め、楽器人口自体が減ってきている中で、これはとてもうれしいことです。「今からバイオリンをするのは難しいけど、何か弾いてみたかった」「昔少し楽器をやっていて、またやってみたい」とおっしゃる方が多くて。古楽器がマニアックな世界にとどまらず、日常的に演奏する楽器という可能性のひとつとして受け入れられていると感じます。
古楽器はある意味現代にフィットするのではないかと思うんです。より多くの人により広いところで聴いてもらうための現代楽器とは異なり、古楽器特有の倍音*2の響きが美しく、「ここら辺の人」に聴いてもらう程度の音の大きさ。部屋の中でポロンと弾くにはちょうどいいんですよ。*2 倍音:基本となる音に対して、整数倍の周波数の振動を持つ音。倍音を強調することで、芯が太く深みのある音を出すことができる。
東京などの都会であれば、古楽器を教えてくれるところもあります。ただ、メソッドにとらわれずとも、もっと自由に音楽を捉えて感覚的に弾いてもらってもいいんじゃないかとも思っています。興味を持ってくれる人が増えれば作り手も増えますし、そういう循環を作っていけたらいいなと思います。
――カテリーナ古楽器研究所が山香町に工房を構えて今年で33年。地元の方々とはどのように交流されていますか?
この屋敷森は1000年ぐらい続いている土地で、力を持った人が代々住んでいたそうなんです。僕らの来た時からさらに時代はさかのぼりますが、役宅といって、役所と家の機能を果たしていたそうです。この土地は他より少し高くなっていて、もっと昔はお城のように防壁のつくりだったとも。
とにかく代々影響力のある家に、「東京から変な人が入ってきた」と思われていたと思います(笑)。地元の理解や関係性づくりは大切なので、地域の草刈りなどには率先して出て行き、そのうち頼りにされるようにもなりました。僕たちも米を作っていますしね。
30年以上かけてようやくなじんだというところでしょうか。お仕事をリタイアされた地元の方が楽器作りに通ってこられたり、またここをきっかけに新たな移住者が増えたり。子どもたちの付き合いの中で小学生や中学生に音楽を教えるということも増えてきました。
コロナ禍前までの12年間、毎年音楽会を開いていたのですが、遠方から来られる方が多く、許可を得て農道に車を停めさせてもらっていたんです。多い時では300台や400台縦列駐車で並ぶこともありました。始めた頃は知らない人がたくさん来ると「法事か葬式か」と言われていたのですが、毎年やることで地元の方にも知っていただいて「今年は多かったね」なんて言われるようになっていきました。
――そして現在、母屋を改装し、文化の交流地点になりうる劇場へと生まれ変わらせる「CATHERINA music COCOON」構想が進行中です。
これまで紹介してきた、世界的にも珍しい古楽器達を見て触れられるようなミュージアム機能であったり、古楽器のみならず劇場を通して発信される音楽や、あらゆる芸術表現の場としての機能を持った、人が交流できる場がこんな片田舎にできることは僕たちの希望です。「CATHERINA music COCOON」構想というのは、築130年の歴史の中で老朽化する建物の存続と、今後の建物の意義を長い目で考えるところから始まったプロジェクトです。劇場といっても収容人数は100人以内のものですが、古民家の特徴をそのままに、地元の方も含め、次世代を担う子どもたちやあらゆる人の心踊る空間と時間を提供したいという思いを込めています。2026年春のオープンを目指しています。改修に伴ったクラウドファンディングを2024年12月から90日間で開始します。ぜひご支援いただけたらうれしく思います。
PROFILE
松本未來(まつもと・みらい)
1982年東京生まれ。父の松本公博が東京都福生市の米軍ハウスに構えたヨーロッパ中世・ルネサンス期の古楽器を復元・製作する「カテリーナ古楽器研究所」の工房を遊び場に、数多くの古楽器に囲まれながら育つ。1991年、大分県杵築市山香町に一家で移住。2003年、カテリーナ古楽器研究所に入り、それから15年間、父と共に古楽器の研究・復元・製作にあたる。2018年より主宰。2004年、妹のMaika (歌 / fiddle) と共にアコースティックサウンドユニットbaobabを結成。古楽器演奏ではシトール、ギターン、ハーディー・ガーディー等を担当する。