進藤充啓「女性が生き生きと活躍できる場所になれたらいいという思いで『あねさん工房』と名付けました」

大分に暮らすということ 第3回女性が生き生きと活躍できる場所になれたらいい
という思いで
「あねさん工房」と名付けました

かぼす栽培・加工・販売会社「あねさん工房」社長進藤 充啓

大分県豊後大野市(ぶんごおおのし)の「あねさん工房」は、2009年に設立されたかぼす栽培・加工・販売を行う会社。東京の伊勢丹新宿店、京王プラザホテル、大阪の阪急うめだ本店、空港の売店やJRのキオスクなど、全国に販路を広げています。同社の創設者で、代表取締役社長を務める進藤充啓(しんどう・みつひろ)さんに、設立の経緯から現在までの活動について語っていただきました。
文:井上健二  / 写真:三井公一

地元を活性化する活動の延長線上に、
偶然“名作”が生まれた。

――「あねさん工房」が生まれた経緯から教えてください。

発端となったのは、豊後大野市緒方町に2008年に発足したNPO法人「水車(すいしゃ)」の活動です。そこでは、地元緒方町を活性化するために、都市の人々との交流を促すイベントを多数企画していました。田植えを体験してもらったり、収穫した米からモチをついて食べてもらったりしていたのです。

左:進藤充啓(しんどう・みつひろ)さん かぼすは完熟すると緑色から黄色になりテニスボールくらいの大きさになる

この地区でもっとも大きなイベントが、毎年お盆の時期に開催されている「小松明(こだい)火祭り」という祭り。これは、江戸時代に稲の害虫を炎で追い払う行事から始まったものとされており、緒方平野を炎が幻想的に彩る光景が大人気で、県内外から多くの観光客が集まります。

地域特産のかぼすに着目

多くの方々が緒方町を訪れるようになると、小松明火祭りをはじめとするイベントにいらっしゃった方々に、緒方町らしいお土産を提供できないかと考えるようになり、改めて注目したのが地域の特産品であるかぼすだったのです。

かといって、かぼすをそのまま提供しても特別感はありませんよね。そこで、かぼすからコンフィチュール(ジャム)を作り、ここでしか買えないお土産品「かぼすコンフィチュール」として提供することになり、幸いにも好評を博しました。そして誘われて出品した2008年の「ワンコインふるさと商品コンクール」で最優秀賞を受賞したのが、全ての始まりです。

受賞をきっかけとして、かぼすの栽培と加工・販売を通した地域の活性化、雇用の創出、農業の産業化といった理念を掲げ、翌年には「あねさん工房株式会社」として法人化。「かぼすコンフィチュール」の加工場を設置して本格的な販売を始めることになりました。

――「あねさん工房」という名前を付けたのはなぜですか?

NPO時代から地元の女性たちに支えられていましたし、それ以上に女性が生き生きと活躍できる場所になれたらいいという思いで、私がほとんど即興で名付けました。

自社農園では約6,000本のかぼすの樹を栽培。自社加工品の原料は全て自社農園でまかなっている 自社農園では約6,000本のかぼすの樹を栽培。自社加工品の原料は全て自社農園でまかなっている
あねさん工房の加工場の作業風景あねさん工房の加工場の作業風景

――続いて商品化した「やまのまりも」も好評を博しましたね。

「やまのまりも」は、2010年から販売を開始した商品です。かぼすは、5月の連休明けになると、まるで桜のように小さな花がたくさん咲きます。いい香りがしますよ。そして花が咲くと、必ず実がなります。たわわに実がなりすぎると枝が折れそうになりますし、日当りのいい実と悪い実が出てきます。それでは品質が安定しませんから、全部の実に均等に日が当たるように間引く「摘果(てきか)」を行います。

摘果された小さな実を有効活用する方法はないだろうかと考えた末に生まれたのが、「やまのまりも」。摘果された未成熟の実を何度も汁(あく)抜きをして、皮ごと食べられるように加工しています。見た目が、北海道阿寒湖(あかんこ)の特別天然記念物マリモに似ているところからネーミングし、登録商標も取得しました。

「やまのまりも」は、「東京ビジネス・サミット2011」の隠れた逸品コンテストで企業賞を受賞。その後も「かぼす日和」「かぼす果汁」といったヒット商品が生まれています。

「東京ビジネス・サミット2011」で優良企業賞を受賞した「やまのまりも」(後列瓶詰めの中央)。その後もヒット商品が生まれている「東京ビジネス・サミット2011」で優良企業賞を受賞した「やまのまりも」(後列瓶詰めの中央)。その後もヒット商品が生まれている

工場経営で学んだ品質と納期の管理手法を背景に顧客の信頼を勝ち取る。

――進藤さんが、「あねさん工房」を立ち上げたきっかけを教えてください。

私は、豊後大野市緒方町馬背畑(ませばた)の出身ですが、かぼすと本格的に関わるようになったのは、60歳を過ぎてからです。実家は米農家です。米作をやるつもりで農業高校に進んだのですが、高校を卒業した頃には、米の生産過剰を抑える「減反(げんたん)政策」が始まっていました。米作を続けることが難しく感じられ、地元でプラスチック加工を手掛けていたメーカーに就職しました。

そこに10年10カ月サラリーマンとして勤めたのですが、やはり農業をやってみたいという気持ちが強くなり、思い切って退職することにしました。ところが、辞めることを告げたところ、社長から「原価償却を終えた中古の製造機械を譲るから、うちの下請をやってくれないか」という意外な誘いを受けました。

熟慮した結果、せっかくのお誘いですから「やってみよう!」と覚悟を決めた矢先、当の会社が不渡手形を出して倒産してしまいます。途方に暮れていたら、まさに「捨てる神あれば拾う神あり」で、付き合いのあったある大手企業から、うちの下請けをやってほしいという申し出がありました。医療器具に使うプラスチック部品の製造を引き受けてもらいたいというお話でした。

サラリーマンから期せずして会社経営者に。この経験があねさん工房にも生かされている サラリーマンから期せずして会社経営者に。この経験があねさん工房にも生かされている
進藤充啓(しんどう・みつひろ)さん 進藤充啓(しんどう・みつひろ)さん

――波乱万丈ですね。

それなら困った人の役にも立てる仕事ですし、これまで培ってきた技術が活かせると思い直し、精度の高い金型を作り、射出成形機という機械でプラスチック製品を作る会社を立ち上げました。最盛期には、生産ラインにロボットを導入して、無人化した工場を24時間稼働させていました。

結局その会社を20年ほど経営したのですが、中国など海外勢との競争が激しくなり、2人の子どもたちもこの会社を継ぐ気がないと言うので、下請をやっていたところに事業譲渡する形で畳みました。

今度こそのんびり農業をやろうと思っていたら、知り合いからNPO法人水車の活動を手伝ってほしいと頼まれたのです。地元への恩返しのつもりで始めたところ、前述の経緯であねさん工房を立ち上げて経営する運びとなりました。

――長年工場を経営してきた経験は、「あねさん工房」ではどう生かされていますか?

それは品質と納期の管理徹底に尽きますね。食料加工品は単価が安いので、1回の出荷額は少額であり大口のお客様はなかなかいません。そんな中で、「あそこはいつも納期を絶対に守るし、品質も間違いがない」という信頼を勝ち得て、少しずつ大きくなってきたのです。

かぼすといえば大分。
麦焼酎との最強タッグで広がった認知

――かぼすといえば大分県という認知が広がりました。そこにはどのような歴史的な背景があるのでしょうか?

かぼすの原産地は中国とされています。江戸時代の元禄8年(1695年)に大陸より豊後の国に入ってきたといわれています。

その後、大分県南部の臼杵市(うすきし)や竹田市(たけたし)などで、民家の庭先に薬用として植えられるようになりました。風邪の予防薬や整腸剤として用いられることが多く、私も子どもの頃に風邪を引いて熱を出すと、母がかぼすの搾り汁を煮たものを飲ませてくれました。汗がたくさん出て、熱が下がるのです。

寒さに弱いかぼすは大分の温暖な気候に合っている寒さに弱いかぼすは大分の温暖な気候に合っている

昭和40年代に入ると、大分県各地で特産地を目指して生産が始まったそうです。ここ緒方町でも、これも大分の特産品である椎茸の原木を切り倒して、代わりにかぼすを植えた農家もいたと言われています。その頃は椎茸が高値で取引されていましたから、周囲からは変わり者扱いされたそうですが、その後椎茸が値崩れしたので、かぼすに転換して結果的には正解だったようです。

かぼすは寒さに弱くて温暖な気候を好むので、大分県の風土に合っています。現在では、大分県は国内のかぼす生産量の95%以上を占める一大産地となっています。

――かぼすとすだちは似ていますが、何が違うのでしょうか。

かぼすもすだちも、同じ「香酸柑橘類」に分類されていますから、風味はとても似ています。あえて違いをあげるなら、すだちの方が酸味がきりりと鋭いのに対して、かぼすは酸味がまろやかで親しみやすいという点でしょうか。

かぼすはすだちに比べて酸味がまろやかで親しみやすい味が特徴かぼすはすだちに比べて酸味がまろやかで親しみやすい味が特徴

すだちは徳島県原産。地理的に大量消費地である大阪や京都に近く、サンマや松茸といった食材との相性が良いことから、早くから料理店で使われるようになり、かぼすよりもひと足早く全国区になりました。

かぼすは、どちらかというと裏方。正面に出て自己主張するのではなく、食材のうま味や持ち味を引き出してくれるという特徴があります。このあたりでは、隠し味として何にでもかぼすを搾ります。水にもお茶にも搾りますし、刺し身にも味噌汁にも添えます。

何よりも一番違うのは、大きさ。すだちは1玉30〜40gでピンポン玉よりも小ぶりですが、かぼすはだいたい1玉100〜150gとテニスボールくらいの大きさがあります。

食材のうま味や持ち味を引き出してくれるのもかぼすの特徴食材のうま味や持ち味を引き出してくれるのもかぼすの特徴

――小売店の店頭で見かける緑色のかぼすは、テニスボールよりも小さめですよ。

それは未完熟のものだから。かぼすは完熟すると緑色から黄色になり、サイズアップします。私が子どもの頃は、完熟した庭のかぼすをもぎ取り、野球ボールの代わりにして友達とキャッチボールをして遊んだ思い出があります。

――かぼすが、大分の特産品として認知されたきっかけは何でしょうか?

それには、同じく大分の特産品の1つである麦焼酎が関わっています。一村一品運動で知られる元大分県知事の平松守彦さんは、大分の特産品を広めようと、麦焼酎のお湯割りにかぼすを搾る飲み方を提案しました。麦焼酎もかぼすも、全国的には知名度が低かった1980年代前半の話です。

当時首相だった中曽根康弘さんが大分を畜産関連の行事で訪問された際、夜神楽を観ながら懇親会をしているときに、平松さんが中曽根さんにかぼすを搾った麦焼酎を勧めたというエピソードもあります。麦焼酎を全国に広めようとしていた三和酒類さんも、自社の麦焼酎を取り扱っている料飲店にかぼすを配り、それもかぼすと麦焼酎の組み合わせが広まるきっかけの1つとなったのかもしれません。

1980年代からかぼすと麦焼酎の相性の良さが全国に広まっていった1980年代からかぼすと麦焼酎の相性の良さが全国に広まっていった

良い製品は、良い原料からしか生まれない。

――他のかぼす加工業者と、「あねさん工房」はどこがいちばん違うのでしょうか。

かぼすに限らず、農作物では40〜50%の割合で規格外のものができます。私たちは、そうした規格外のかぼすを有効活用しようとスタートしたのですが、良いものを作ろうと思ったら、やはり良い原料を集めなくてはなりません。

そこで発足から5年目に3ヘクタールの自社農園を造成して、1,500本ほどのかぼすの苗木を植えました。現在では、遊休農地の活用も含めて全部で13ヘクタール、約6,000本のかぼすの樹を育てており、原料を自社農園でまかなえるようになりました。植えているのは、生果(生の果実)用と同じ「大分一号」という品種です。

自社で責任を持って育てていますから、農園ごとのかぼすの特徴も細かく把握できます。ですから、お客様の要望に応じて、最適の時期に収穫した最適の原料を使った加工が可能になります。

「おたくの果汁は、どうしてあんなに味がいいの?」とお客様から褒められることもありますが、それはどんな用途にも幅広く対応できるように、果汁は自社で搾ってフレッシュなうちに冷凍しているからです。用途次第では、8月に搾ったかぼす果汁が適する場合もあれば、10月に搾ったかぼす果汁が適しているケースもあるのです。

――加工業者である前に、かぼす生産者なのですね。自社農園では、どういう点に気を付けて栽培を行っていますか?

特別なことをしているつもりはありません。コツコツと真面目にやっているだけです。自然相手の仕事ですから、気は抜けません。たとえば、台風が迫ってきたら、休日でも農園に駆けつけて1本ずつ副え木をして強風で枝が傷まないようにしています。

品質を決める現場は農園ですから、私自身も工房や事務所にいるより、農園にいる時間が長いほど。今日は取材なので革靴を履いていますが、普段は地下足袋姿です(笑)。

うちの農園の特徴を1つあげるとしたら、かぼすの樹を植える列の間隔を、約5mと他よりも広めにしていることでしょうか。収量は落ちますが、幅が5mあれば軽トラックが入れますから、収穫などの作業が楽になり、効率化できます。

――改めて、かぼすの栽培スケジュールを教えてください。

5月の連休明けに花が咲き、6月上旬に小さな実を付けます。6月中旬に摘果*を行い、8月のお盆すぎには生果の収穫が始まり、完熟の度合いに応じて11月末まで続きます。冬の間は剪定(せんてい)を丁寧に行い、鶏糞(けいふん)や油かすなどを肥料として与えたり、整地をしたりといった肥培管理を行います。*摘果:良質の実を育てるため、幼いうちに間引くこと。

――見せていただいた工房で、女性たちが明るく元気に働いている姿が印象的でした。

平均寿命も健康寿命も女性の方が長いので、この地域の夫婦でもご主人が先に亡くなり、奥さんがあとに残されるケースが少なくありません。そうした奥さんたちを含め地域の女性たちが、元気に働ける場所を提供したいというのが、うちの設立の目的の1つです。

社員は立ち上げ時は女性5人、男性5人でやってきました。ただ、このコロナ禍に対応しなくてはならず、いまはシフトを変えて運営しています。早く、以前のように、女性が元気に働けるような操業状態に戻したいものです。

かぼすの樹を植える列の間隔を約5mと他の農園より広めにしている。軽トラックが入り、作業が効率化されるかぼすの樹を植える列の間隔を約5mと他の農園より広めにしている。軽トラックが入り、作業が効率化される

栽培方法については特別なことはしていない。「コツコツと真面目にやっているだけ」(進藤社長)栽培方法については特別なことはしていない。「コツコツと真面目にやっているだけ」(進藤社長)

進藤充啓(しんどう・みつひろ)さん

進藤充啓(しんどう・みつひろ)

PROFILE

進藤充啓(しんどう・みつひろ)

1947年大分県豊後大野市生まれ。地元の農業高校を卒業後、プラスチック加工会社に勤めるサラリーマンとなる。脱サラ後に医療分野の部品専業のプラスチック製造会社を立ち上げ、20年間にわたり経営する。その後NPO法人水車を経て、2009年にあねさん工房株式会社を立ち上げ、代表取締役社長に就任。家族は妻、長男、長女。

大分の魅力を探る4つの質問

大分のおすすめスポットを
教えてください。

(遥か向こうに見える山々を指差しながら)あそこに見える祖母山(そぼさん)、傾山(かたむきやま)まで豊後大野市なんです。祖母山、傾山は国定公園にも指定されており、非常に自然が豊かです。11月頃の紅葉の素晴らしさは、言葉にできないほどです。

お好きな大分グルメは
何ですか?

何でもない普通の野菜が美味しいのが自慢。このあたりの水には、祖母傾山系(そぼかたむきさんけい)に由来するミネラルも含まれているので、野菜も米も美味しくできるのです。わらび、フキ、タケノコといった野の幸、山の幸にも季節感があり、旬が堪能できます。

どんなお酒をどのように
楽しんでいますか?

お酒は飲んでも、飲まなくてもいいというタイプ。毎日のようには晩酌をしませんが、飲むときはビールか麦焼酎。麦焼酎には、もちろんかぼすを搾ります。

大分でいちばん自慢できる
ところはどこですか?

このあたりの空き家に、都会から移住してくる家族もいらっしゃいます。そういう家族に話を聞くと、子どもも自分たちも健康で元気になったとおっしゃる方が多い。大分の気候風土には、人を癒(いや)す不思議なパワーがあるのかもしれません。