Q1
「黄麹菌」が利用されていたことの記録は古く、室町時代のものが残っているようです。また、日本の研究者が明治時代に「黒麹菌」を、大正時代に「白麹菌」を発表しています。
「黄麹菌」(Aspergillus oryzae アスペルギルス オリゼー)は、日本酒、醤油、甘酒など和食の中心である発酵食品の製造に利用されており、和食文化とは切っても切り離せない日本を代表する菌です。麹菌の中でも技術開発が最も進んでおり、黄麹菌を活用した様々な先端的な技術が開発されています。室町時代の記録では、種麹(たねこうじ)を販売する「種麹屋」の存在が残っており、その頃に普及していったと考えられます。
「黒麹菌」(Aspergillus luchuensis アスペルギルス リューチューエンシス)はクエン酸を大量につくり出す特徴があり、麹の雑菌汚染を防ぎます。古くから、沖縄各地で泡盛の製造に使われていたと推測されています。1901(明治34)年頃に、化学者の乾環(いぬい・たまき/1873~1946年)氏や宇佐美桂一郎(うさみ・けいいちろう/1874~1927年)氏が泡盛の製造工程を調査し、発見した黒麹菌にイヌイ菌、ウサミ菌と名をつけて発表したようです。
九州地方などの高温多湿な地域では、雑菌が繁殖しやすく、酒づくりが難しいといわれています。明治時代までは、黄麹菌を用いて焼酎は製造されていましたが、夏の暑い時期はもろみが腐敗しやすいという難題がありました。その際、大蔵省技官から化学者、実業家として活動された河内源一郎(かわち・げんいちろう/1883~1948年)氏が泡盛に使われている黒麹菌に目をつけ、夏でも腐らない焼酎づくりに取り組み、明治時代の後半では黒麹菌を使った焼酎づくりが九州各地へ広まっていったそうです。
上記本文中の3人の研究者(乾環氏、宇佐美桂一郎氏、河内源一郎氏)に関する生年没年と経歴については「koji note」編集部調べにより追記しました。
<参考資料>
●Webサイト
「広島大学 デジタル博物館」
「黒麹菌の命名:石川種麹店『黒麹の歴史』」
「コトバンク『20世紀日本人名事典』(日外アソシエーツ、2004年)」
「河内菌本舗」
●書籍
「焼酎の科学 発酵、蒸留に秘められた日本人の知恵と技」(鮫島吉廣・髙峯和則著、講談社・ブルーバックス)P.76
「ゼロから始める焼酎入門」(鮫島吉廣監修、KADOKAWA)P.89
そんな黒麹菌ですが、絶滅のピンチがあったと言われています。戦争で沖縄の泡盛工場が大きな被害を受け、黒麹菌が絶えてしまいそうになりましたが、戦争による焼け跡から何とか黒麹菌を回収し、それを使って今でも泡盛づくりが行われているそうです。
麹菌に対する強い思い入れを感じる事案ですし、私も業界人の端くれとして見習うべき精神であると考えます。
黒麹菌はその名の通り黒色であり、醸造所などの作業環境を黒く汚してしまう、使い勝手の悪さが欠点でした。そんな中、大正時代に、河内氏が培養していた黒麹菌の中から突然変異した「白麹菌」(Aspergillus luchuensis mut. Kawachii アスペルギルス リューチューエンシス ミュット カワチ)を発見したそうです。すなわち、白麹菌と黒麹菌は“親戚”のような関係にあると考えられます。
白麹菌は酸を大量につくる特徴は持ちつつ、醸造工程で作業服への汚れの付着が少ない菌として、非常に使い勝手の良い菌です。1950年代に九州地方に広まり、焼酎メーカーの多くが利用するようになりました。今では、白麹菌と黒麹菌の親戚同士で切磋琢磨して、焼酎業界を盛り上げてくれているのです。
現在、弊社「いいちこ」ブランドで販売している定番の焼酎はすべて白麹菌の力を借りてつくられているだけに、白麹菌の皆様には足を向けて寝られないですね。
Q2
そもそも麹菌という名前は人間が命名したもので、同じ麹菌のくくりでも異なる特徴を持つ部分があります。
「黄麹菌」と「黒麹菌&白麹菌」は、分類学上では「属」は同じですが、さらに細分化された「節」や「種」は異なります。ヒトでは、現代人と原人は「属」は同じですが「種」は異なると考えると、「黄麹菌」と「黒麹菌&白麹菌」の間にも違いがあるということが理解しやすいかも知れません。
麹菌 | 特徴 | 利用される製品 |
---|---|---|
黄麹菌 | 酵素を生み出す力が強い | 日本酒、甘酒、醤油、味噌など |
黒麹菌 | 酸をつくるため麹の雑菌汚染を防ぐ | 泡盛、焼酎 |
白麹菌 | 上記の黒麹菌の特徴に加え、作業環境の汚れが少ない | 焼酎 |
Q3
まずは麹菌と麹の違いです。麹菌を、蒸した米や麦、芋などに付着させて、それを繁殖させたものを麹と呼びます。家庭でも料理などに使う麹のことです。付着させる対象によって米麹、麦麹、芋麹などと呼びます。
最近では食品スーパーや百貨店でも取り扱う小売店があるようです。
麹の製造においては麹の種、すなわち「種麹(たねこうじ)」が必要となります。麹菌を加工して、麹造り用に製品化されたものが種麹です。種麹を取り扱うお店のことを私たちは親しみを込めて、「種麹屋さん」とか「もやし屋さん*1」と呼んだりします。文字通り種麹を製造・販売するメーカーであり、全国で数社しかありません。
弊社をはじめ、麹を使った製品を取り扱う醸造企業の多くは、種麹屋さんから購入した種麹を使って、自社製品を製造しています。そのため、弊社の代表的な商品づくりのためには、種麹屋さんのご協力が必要不可欠です。
また、種麹屋さんは長年麹菌の研究開発を実施しており、様々な特徴を持つ種麹を提供していただいています。弊社はより良い商品を生み出せるよう、種麹屋さんと二人三脚で研究開発に鋭意取り組んでいます。
種麹のもとになる麹菌は、長期で冷蔵保存をすると菌が弱ってしまうので、−80℃の冷凍庫に保存します。弊社は醸造企業として、麹菌の研究を行っている機関では、様々な特徴を持つ麹菌を菌株のライブラリーとして保存しており、目的の商品に合致する菌を使って研究開発や商品開発に取り組んでいます。*1 もやし屋さん:種麹の製造・販売メーカー。もやしの語源は草木の芽吹く「萌やし」から。麹菌が菌糸を出して成長する様から種麹をもやしと呼び、種麹の製造・販売会社をもやし屋と呼ぶことがある。
Q4
日本を代表する菌、国菌として2006(平成18)年10月12日に日本醸造学会で認定されました。
1987(昭和62)年に「醸造に関する学術研究の向上を図ること」を目的として設立された学会で、全国各地の蔵元を含めた研究者が集います。
国菌として認められたのは下記の(1)~(3)です。
PROFILE
辛島健文(からしま・たけふみ)
三和酒類株式会社 三和研究所 クロスオーバーセンター 研究開発室 研究員/技術士(生物工学部門)
1990年、大分県出身。広島大学大学院生物圏科学研究科博士課程前期にて酵母を研究。修士号取得後、2015年に三和酒類に入社。生産現場勤務を経て研究所に異動。基礎研究から工業生産立ち上げまで、事業化のほぼ全ての工程に関与する。2022年、日本技術士会生物工学部会役員に就任。将来は本業の経験と技術士資質能力を活かし、業界全体の持続的発展に尽くしたいと考える。 趣味はライブ鑑賞で、全国各地の音楽フェスに精力的に参加(現在はコロナ禍で休業中)。