そもそも「発酵」って何ですか?

麹と発酵の基礎講座 第1回そもそも「発酵」って何ですか?

焼酎の製造過程の中の「もろみ」と呼ばれる状態。麹菌と酵母が製造タンクの中で活発に活動している(写真:三井公一)

健康ブームや和食ブームと共に発酵食品が注目されています。味噌(みそ)や醤油(しょうゆ)、ヨーグルトやチーズといった発酵食品のほか、日本の「國酒(こくしゅ)」ともいわれる焼酎や日本酒も発酵食品の代表選手。発酵食品をつくる過程で微生物が大活躍していることをご存じの方も多いでしょう。本コーナーでは、三和酒類のシンクタンク「三和研究所」で常日頃から微生物に向かい合う研究員が、麹(こうじ)と発酵の基礎を解説いたします。

三和酒類 三和研究所 研究員 都甲祐介
教えてくれた人
三和酒類 三和研究所 研究員 都甲祐介

Q1

美味しくて健康維持にも欠かせない発酵食品ですが、そもそも「発酵」って何でしょう。「発酵」と「腐敗」の違いは何ですか。

じつは「発酵」と「腐敗」という現象において、基となる食品が微生物の働きによって分解されるという工程は同じものなのです。ただし、人にとって「発酵は有益であり、かつ無害に作用する」ものであり、「腐敗は人にとって無益であり、かつ有害に作用する」といった点が大きな違いとなります。

簡単な具体例を挙げて説明しますね。
まずは「腐敗」から。

私も一度、お店で購入した食品をうっかり長い間放置して、黒いカビなどを生やしてしまった経験があります。見た目の部分ももちろんですが、本能的というか直感的に食べたくありませんよね。この腐敗という現象は食品中に含まれている栄養分に対して、大気中に漂っている菌が繁殖して、それが成長することで目に見える大きさの微生物として成長していった結果です。

私たちが日々生活するために食事をするのと同じように、地球上に生息している微生物も栄養を欲して活動した結果です。ものによっては「腐敗」によって異臭を放つこともあり、味も美味しくなくなる場合が大半だと思われます。その中でも食中毒は有害に作用する一例であり、特定の菌が繁殖して人にとって有害な成分を生産することから引き起こされる現象です。

次に「発酵」に関して例を挙げて説明します。

ふだんから身近な存在である味噌や醤油、納豆、甘酒、アルコール飲料では日本酒、焼酎などは発酵食品と呼ばれます。それぞれの食品ごとに関与する微生物が異なる点もありますが、いずれも人にとって「美味しい」や「健康にいい」といった有益性があるため、古くから日本の食文化に根付いてきました。

「発酵」も「腐敗」と同じように微生物が食品中の成分を変化させているのですが、人の嗜好に合った成分(アルコールや香気成分など)や健康の維持や増進に寄与する成分(例えばアミノ酸やクエン酸、GABAなど)を微生物が生産してくれることによって、人にとって有益側に働いていることから人の生活に根付いていったと考えられます。

発酵食品をつくる際に大活躍する「麹菌」の顕微鏡写真(写真提供:独立行政法人酒類総合研究所)発酵食品をつくる際に大活躍する「麹菌」の顕微鏡写真(写真提供:独立行政法人酒類総合研究所)

あくまで私の見解なのですが、発酵と腐敗は古くからの経験や成分値、人の嗜好性や健康面などの観点から、人が選別してきたものなのだと思います。

Q2

発酵食品と聞くとすぐにヨーグルトやチーズ、味噌、醤油、納豆、日本酒、焼酎などが思い浮かびます。それぞれどんな微生物がどのように製造に関わるのですか。

ヨーグルトやチーズは乳酸菌、味噌や醤油、甘酒は麹菌、日本酒と焼酎は麹菌と酵母からつくられている食品です。

今回は、当社でも製造している焼酎からご説明します。

焼酎は原材料に種麹(たねこうじ)と呼ばれるもの(麹菌の種と捉えてください)を振りかけて、温度管理などをすることで、原材料全体に麹菌が生えた状態である「麹」をつくります。

白麹菌を炊いた米に振りかけてつくった「麹」(写真提供:独立行政法人酒類総合研究所)白麹菌を炊いた米に振りかけてつくった「麹」(写真提供:独立行政法人酒類総合研究所)

その後、麹と酵母と水を混ぜ合わせることで「もろみ」が出来上がります。もろみとは固形物が発酵してどろどろに溶けた液体の状態です。もろみの中では、麹菌が生成する酵素によって原材料が分解されて出来上がった栄養分を基に、酵母が増殖していき、成長段階でアルコールや香気成分を生産します。

活発に麹菌と酵母が活動中のもろみの様子(写真:三井公一)活発に麹菌と酵母が活動中のもろみの様子(写真:三井公一)

もろみを蒸留して、アルコール分や香気成分を集めてくることによって出来上がったものが焼酎となります。

日本酒の場合、細かいことを言うと麹菌や酵母でも違いがありますが、大きな違いとしては、蒸留工程がなく、もろみを搾り、沈殿物を取り除いて製造されているといった工程をとります(火入れなどもあります)。

甘酒は焼酎や日本酒と異なり、酵母を用いずに麹菌の酵素によって、米を分解(糖化など)して、生産します。

では、焼酎や日本酒のほかの代表的な発酵食品のつくり方をおさらいしてみましょう。

味噌
【味噌】
米や大麦を吸水させてから蒸し、その後種麹をまんべんなく添加して温度管理することで麹を製造する。麹が出来上がるのを見計らって、大豆に吸水させて同じように蒸した後に、味噌麹と食塩を混合して発酵を進行させる。発酵完了後に充填することで製品の完成となる。
醤油
【醤油】
蒸した大豆に蒸した米や小麦なども加えて種麹を添加して麹を製造。それらと食塩や水、酵母、乳酸菌を混ぜてもろみを製造する。その後発酵工程を経て、圧搾して加熱処理をして製品が完成する。
鰹節
【鰹節】
カツオを生の状態で切り、ゆでて骨を除いた後に燻(いぶ)す。煙で香りづけをして「荒節」をつくる。その後、表面を削って、カビ(糸状菌)つけをして天日干しする工程を繰り返す。
納豆
【納豆】
大豆に水分を吸収させた後に蒸煮する。蒸煮後に納豆菌をまんべんなく噴霧し、容器に移動させて、一定温度で発酵させる。
みりん
【みりん】
米に吸水させて蒸した後に種麹を添加して製麹を行う。出来上がった米麹と米、アルコールや水などを混合させて発酵させる。固形分が残るため、圧搾や滓引き(おりびき=沈殿した固形分を除く)をすることで清澄化されたみりんが完成する。
ヨーグルト
【ヨーグルト】
製法により前発酵(まえはっこう)*1タイプと後発酵(あとはっこう)*2タイプが存在する。ここで説明するのは後発酵タイプ。まず牛乳などの原材料を殺菌して、温度を低下させる。そこにスターターとなる乳酸菌を添加し、容器に充填して、一定の温度で発酵を促すことで出来上がる。*1 前発酵:タンクで発酵させてヨーグルトをつくり攪拌(かくはん)した後に容器に充填する。ドリンクヨーグルトやソフトヨーグルトなど。
*2 後発酵:容器に充填してから発酵させていく。プレーンヨーグルトなど。
チーズ
【チーズ】
生乳に含まれている菌を除去し、そこに乳酸菌と酵素(レンネット)を添加することで生乳を凝固させる(凝固させたものをカードという)。凝固させた後に、カードをカットやひっくり返す作業(チェダリング)をすることによって水分(ホエイ)を取り除いていく。(今回はチェダーチーズの説明になるが)ホエイを取り除いたカードを成形し、包装して熟成させることでチーズが出来上がる。
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●発酵食品の製造工程で活躍する微生物
発酵食品 主な原材料 主な微生物 微生物の働き
焼酎 大麦(芋、米など) 麹菌、酵母 麹菌が生成する酵素でアミノ酸やブドウ糖などを産出し、酵母などの働きでアルコール成分や香気成分などを産出する。
日本酒 麹菌、酵母 麹菌が生成する酵素でアミノ酸やブドウ糖などを産出し、酵母などの働きでアルコール成分や香気成分などを産出する。
みりん 麹菌 麹菌が生成する酵素でアミノ酸やブドウ糖などを産出する。
甘酒 麹菌 麹菌が生成する酵素でアミノ酸やブドウ糖などを産出する。
味噌 大豆(麦、米) 麹菌 麹菌が生成する酵素でアミノ酸やブドウ糖などを産出する。
醤油 大豆(麦、米) 麹菌、酵母、乳酸菌 麹菌が生成する酵素でアミノ酸やブドウ糖などを生産し、酵母や乳酸菌の働きでうま味成分や香気成分などを産出する。
鰹節 カツオ 糸状菌(優良カビ) 害のない糸状菌を鰹節に繁殖させて酵素でうま味成分などを産出する。
納豆 大豆 納豆菌 納豆菌の酵素によってアミノ酸などのうま味成分を産出する。
ヨーグルト 生乳(牛乳やヤギ乳) 乳酸菌(前発酵と後発酵のタイプがある) 乳酸菌などの活動により酸や風味などを産出する。
チーズ 生乳(牛乳やヤギ乳) 乳酸菌(ブルーチーズではアオカビも使用) 生乳と乳酸菌にレンネットという酵素を別途添加することで凝固させて、その固形の中で乳酸菌を熟成させる。酵素などの働きで風味を産出する。
都甲祐介(とごう・ゆうすけ)

PROFILE

都甲祐介(とごう・ゆうすけ)

三和酒類株式会社 三和研究所 クロスオーバーセンター 研究開発室 研究員
1994年、大分市生まれ。九州大学生物資源環境科学府生命機能科学修士課程にて麹菌を研究。修士号取得後、2018年に三和酒類に入社。製造課で焼酎づくりの基礎を学んだ後に、三和研究所で麹菌の基礎研究と商品開発を行っている。日中は研究・開発を行い、帰宅後は読書や友人と飲みに繰り出す日々。「糸状菌若手の会」の委員も務めている。飲み会の雰囲気が大好きで、お酒が強い人・弱い人みんなの架け橋になるような商品をつくり出すことが現在の夢である。趣味は野球観戦で、小学1年生の時から大のヤクルトファンである。