メリーチョコレートカムパニー
マーケティング本部研究開発部部長大石 茂之
――メリーチョコレートカムパニー(以下、メリーチョコレート)は世界のチョコレートコンクールに挑戦しています。2016年には、世界最大のチョコレート展「サロン・デュ・ショコラ パリ」の品評会において、フランスで最も権威あるチョコレート愛好会「C.C.C.(クラブ・デ・クロクール・ド・ショコラ)」から、最も栄誉ある「外国人部門C.C.C.アワード」を受賞しました。受賞したのはどんな作品ですか。
この品評会には、4個1組のチョコレートを出品します。この年、メリーチョコレートが出したのは「かぼす」「ほうじ茶のプラリネ」「宇治抹茶&みたらし」「市田柿(いちだがき)」の4個です。私は「ほうじ茶」と「宇治抹茶&みたらし」をつくりました。
「ほうじ茶のプラリネ*1」には、九州産の茶葉を自分で焙煎(ばいせん)して使いました。浅煎り(あさいり)してお茶の香りや味を残したもの、深煎りして香ばしさを出したものの両方を合わせ、粉砕してチョコレートに入れています。また、本みりんと和三盆糖(わさんぼんとう)を熱してキャラメル化させたものを、イタリア・シチリア産のヘーゼルナッツに絡め、粗く砕いた上でチョコレートに合わせ、カリカリとした食感を残したプラリネに仕上げました。*1 プラリネ:チョコレート用語の一種で2つの意味がある。1つ目は、チョコレートの素材としてローストしたナッツに砂糖を加えて加熱し、キャラメル化したものをペースト状にしたもの。2つ目はひと口サイズの中身入りチョコレートのこと。今回は1つ目の意味。
このチョコレートは、静岡県の美術館に行った時、庭園で開かれていたお茶会を見てアイデアを思いつきました。渋みのある抹茶のチョコレートに、どのように甘みを加えるかを考えていた際、「はじめに和菓子の甘さを、そして後からお茶を味わうというお茶会の楽しみ方を、1粒のチョコレートで再現できるのではないか」とひらめきました。
――メリーチョコレートは2000年から「サロン・デュ・ショコラ パリ」に出展を続けています。大石さんも初回から参加していらっしゃいますが、現地ではどんな役割を担当されましたか。
初回出展の時、私は入社6年目で生産本部にいました。他のメンバーは自分より8年以上年長の役職者ばかり。私は体格がよかったので、荷物持ちにちょうどいいと思われたのかな(笑)。
現地ではブースの設営、会場でのチョコづくり、ブースでのお客様への商品説明、試食の準備など、なんでもやりました。「季節のショコラ」という、花や鳥など季節の風物詩を色づけしたホワイトチョコレートで手描きする商品があり、そのデモンストレーションも行いました。日本人らしく、繊細に美しく色づけをするものなので、現地のフランス人にとても好評でしたね。
サロン・デュ・ショコラの会場には、「チョコレートに興味を持つ人がこんなにたくさんいるのか」と驚くほど、多くの人が訪れます。日本からの出展がメリーチョコレートだけだったので、物珍しかったのでしょう。つくり方、素材、日本でのチョコレートの食べられ方など、何にでも関心を持たれて、質問されました。
メリーチョコレートは海外出店していません。出展回数を重ねるうちに、来場した方から、「1年に1回しか食べられないから楽しみにしていた」と言われるようになったのがうれしかったですね。
――2022年には「インターナショナルチョコレートアワード(ICA)世界大会」で金賞を受賞されました。ここでは、どんな作品が評価を得たのですか。
金賞をいただいたのは、「すだちと薔薇」というチョコレートです。朝摘みのバラの花びらを山形の日本酒に漬けて香りを抽出し、徳島県産のすだち果汁と合わせました。使っているバラは少し酸味があるので、柑橘(かんきつ)の酸味を加え、チョコレートもフルーティーなマダガスカル産と力強いビター感のあるボリビア産のカカオを選びました。
ICAは、チョコレートの評論家やフードアナリストたちが立ち上げたコンクールです。世界13地区のブロック予選を経て、優秀だった受賞作品のみが世界大会に出品できます。メリーチョコレートには、日本の 「SHIKI(四季 / 色 / 式)」を表現する「セゾン ド セツコ」というブランドがあり、世界で評価していただきたいと大会に挑戦しています。
――かぼす、すだち、バラなどユニークな素材を取り入れ、オリジナリティーあふれるチョコレートを創作していらっしゃいます。チョコレートに合う素材は、どのように見つけているのですか。
温泉とお酒が好きで、休日によく関東近県に旅行に行き、ワイナリーや酒蔵、ウイスキーの蒸留所などを訪ねています。そういう時は必ず地元の「道の駅」やスーパー、農協の販売所などに立ち寄って、地域の特産物を見て回ります。始めに「どういう風に食べたら美味しいか」「お酒のおつまみになるだろうか」と考え、その後に「チョコレートに合うか」と想像し、合いそうなら買って試します。
そうやって見つけた素材の1つが、埼玉県坂戸市に醤油(しょうゆ)蔵を持つ「弓削多(ゆげた)醤油」の木桶(きおけ)仕込みの醤油です。2017年のサロン・デュ・ショコラ パリで金賞を受賞した作品の中の「和のプラリネ」に使いました。
「すだちと薔薇」に使ったバラはヴァグレットという品種で、いろいろな企業が集まり食材を紹介する展示会で見つけました。出展者の中にバラのジャムを売っている会社があり、ディスプレーで花びらを飾っていたんです。その花びらがとても良い香りだったので、試しに食べさせてもらったところ、香りと酸味が絶妙でした。愛知県西尾市のバラ園まで足を運んで「生のバラを売ってください」と頼み込み、一番香りの良い朝摘みのバラを宅配便で送ってもらうようにしました。
――カカオ豆と素材の組み合わせはどのように考えるのですか。
カカオ豆は産地ごとに特徴があります。ざっくり言うと、ドミニカ産のカカオは酸味が強く、エクアドル産はフローラルな香りです。マダガスカル産はベリー系の酸味で、ベネズエラ産はナッティー(ナッツの風味)ですね。基本的には柑橘系の素材は酸味の強いカカオ、バラはフローラルな香りのカカオという具合に合わせます。ただ、あえて逆を試してみることもあります。「合わないだろう」と思うような組み合わせでも、意外に複雑な味わいが出て、魅力あるチョコレートになることがありますから。
――大石さんがメリーチョコレートに入社されたきっかけや、入社後に担当した仕事内容を教えてください。
大学では畜産食品工学科で学び、酵素を使ったチーズのタンパク質分解について研究していました。その関係で、就職活動の際には乳製品の会社ばかり受けていたのですが、たまたまメリーチョコレートから就職のダイレクトメールが届き、受けてみました。
思い返せば、子どもの頃、仏壇によくメリーのチョコレートが供えられていて、甘いものに目がない私はこっそり1粒ずつ食べていたんですよね(笑)。そういうなじみのある会社でしたし、自分も菓子が好きだということもあり、内定をいただいた乳業メーカーをお断りして、メリーチョコレートに入社することを決めました。
入社後、最初に配属されたのは東京・大森工場の生産本部です。主にガナッシュをつくっていました。ガナッシュというのは、チョコレートと生クリームを合わせたもので、当時、メリーチョコレートではそれにお酒を加えたものがよく売れていたので、朝から晩まで、大きい釜で、ずっとガナッシュを仕込んでいました。
――まさしくチョコレートづくりの現場からのスタートですね。
来る日も来る日も釜の様子を見ているうちに、ふたを開けた際の表情が、その都度違うことに気づきました。仕込みがうまくいっている時は、すごくツヤがいいのです。
基本的に室内の温度、機械の回転速度、あたためる時間など条件は一定にしていますが、外気温や工場で働いている人数、機械の稼働時間などで、室内の温度や湿度が変化し、出来上がりのガナッシュにほんの少しの差が生じます。それらが微妙に影響するのだと思います。
ツヤよく仕上がったガナッシュは、口溶けや味わい、香りのとても良いものが出来上がります。理想のガナッシュに仕上げるため、ほどよいタイミングで材料を混ぜ合わせられるよう、自分なりの工夫もしていました。原料を計量する場所、生クリームを温める場所、仕込み釜のある場所の3点を一定の秒数で行き来できるように、頭の中で歌を歌いながらリズムに合わせて作業をしていました。
その後は製品開発室(現・研究開発部)に異動し、商品の確認、承認を行う担当になりました。チョコレートはもちろん、焼き菓子やゼリーなどメリーチョコレートが手掛けるすべての製品を試食し、味良く出来上がっているか、原料を継続して調達できるかといったところをチェックして、販売してOKかを最初にジャッジする役割です。合間に、新しい製品のレシピづくりもしていました。
――開発部で任されたのは、会社の中でも最も重要な業務の1つとお見受けします。大石さんの味覚に信頼があるからこそ、そのポジションに据えられたのだと思いますが、どういう点が評価されたのでしょうか。
生産部時代に、「どうやったら、もっと美味しいチョコレートがつくれるのか」を追求しようと、休みの日に自腹でチョコレートの講習会などに参加したり、バレンタインの時期に百貨店に行って他社製品を買って勉強したりしていたことを評価してもらったのかもしれません。
講習会の1つは、主にチョコレートに関係する仕事をしている人たちが5人ほど集まり、世界中から取り寄せたチョコレートを試食し、評価し合うものもありました。柑橘類とビターなカカオを組み合わせたもの、からすみの入ったものなど、自分の知らない海外のチョコレートに触れられて面白かったですね。
一緒に学んだ人たちとは今も交流があります。カカオ豆の輸入業者の方には、少量で「試しに使いたいから500gだけ欲しい」といったリクエストにも柔軟に応じてもらい、助かっています。
――今、大石さんはメリーチョコレートの研究開発部部長を務めながら、トップショコラティエという立場で活躍していらっしゃいます。「ショコラティエになる」という思いはいつ頃から芽生えたのですか。
正直、若い頃はショコラティエという職業があることすら知りませんでした。生産本部から製品開発室に異動した後、百貨店の売り場に立っている時に、バイヤーの方から「大石ショコラティエ」と呼ばれるようになり、「自分はショコラティエなのか」と思ったくらいです。
――組織の中で活動するショコラティエは、個人で営むショコラティエとどんな違いがあると感じますか。
組織に所属する以上、協調性は必要だと思います。個人のショコラティエなら、変わった素材や普通は食品として使用しない素材でも試すことができます。私はメリーチョコレートという看板を背負い、百貨店を中心に商売しているので、とがり過ぎたものはあまりつくれませんね。そこは冒険ができないところかもしれません。
ただ、母体が大きいので、社外からの信用度も高く、こうした点はすごくありがたいです。
――後進のショコラティエの育成に関わる立場ですが、どのような指導をしていらっしゃいますか。
研究開発部には私以外に7人いて、そのうちチョコレート専門のメンバーが4人いますが、特に指導はしません。みんな本当に優秀で、一生懸命調べながら自分でつくろうとしていますので。
アドバイスを求められたら、「こうした方がいいよ」と言うこともありますが、つくるプロセスを見て、間違っていなければ、何も言わないようにしています。大事なのは最終形です。それが良ければ、過程はそれほど重要視しません。逆に、自分より良いやり方をしていると思うショコラティエがいたら、そのやり方を積極的に取り入れます。
――チョコレートづくりに携わってこられて、魅力や面白さはどこにあると感じていますか。
最大の魅力はカカオと様々な素材を融合できる点です。カカオだけでもたくさんの種類があり、またそこに組み合わせる素材も、和のもの、洋のもの、様々あります。素材を単一で使う場合もあれば、他の素材と組み合わせて使う場合もある。味の深みが出て美味しくなるので、私は大部分の商品にさまざまなお酒も入れています。組み合わせも無限なら、配合のバランスも無限です。いかに美味しいチョコレートをつくるかを突き詰めていくプロセスは本当に楽しいですね。
酸味、甘味、うまみ、塩味、苦味をすべて感じられる「五味のプラリネ」をつくった時には、酸味に梅干し、うまみにかつお節を凝縮したものを隠し味に入れました。「これは合うんじゃないか」とひらめく素材を見つけて、あれこれ想像している時は本当にワクワクします。
実際に組み合わせてつくってみると、思った通り完璧にいくことはなかなかありません。「ちょっと想像と違うな」「あと何かをひと加えするともっと良くなるんじゃないか」と試行錯誤することになります。
素材は見つけたものの、まだ商品化できていないものもいっぱいあります。今、挑戦したいと思っているのは加熱殺菌されてない醤油です。家では刺身用に使っているのですが、まろやかで塩味もほどよく、魚の味を崩しません。いずれチョコレートにも使ってみたいですね。
――チョコレートは発酵したカカオ豆を使う発酵食品です。カカオ豆の発酵の仕組みを教えてください。
カカオの実は、1cmほどの厚みのある硬い殻で覆われています。ラグビーボールのような形をしていて、「カカオポッド」と呼ばれます。カカオポッドを割ると、「カカオパルプ」と呼ばれる白い繊維質の果肉があり、その中にタネがあります。このタネをカカオ豆と呼んでいます。1つのカカオポッドにだいたい40~50粒のカカオ豆が入っています。
主な発酵方法は2種類あります。1つはカカオポッドからパルプごと取り出し、地面に敷いたバナナの皮の上に置いておくというものです。パルプに糖質があるので、バナナの皮や空気中、土壌中に存在する様々な微生物が作用し、1週間ぐらいで発酵します。
もう1つ、専用の木箱にパルプを入れておくやり方があります。その上にバナナの皮をのせることもあります。箱についている酵母菌などいろいろな菌が関与して、発酵します。
発酵によってパルプの外側の果肉は全部溶けて、カカオ豆だけになります。そのカカオ豆を乾燥させてチョコレートの原料にします。
――発酵によってチョコレートの味や香りにはどんな影響がありますか。
発酵はチョコレートの味や香りを決定づけます。発酵によって、“チョコレートらしさ”を感じる苦み、甘み、香りを出すことができます。生産部時代に、チョコレートを試食し合う講習会に参加していたと話しましたが、ある時、土のような味のまずいチョコレートを食べたことがあります。おそらく、カカオ豆の発酵がうまくいかなかったのでしょう。
メリーチョコレートは2017年頃、インドネシアのカカオ栽培農家で、異なる発酵方法で味の違いを出すことに挑戦しました。ハーブとライムを一緒に発酵させたカカオ豆を使ったチョコレートは、ほのかな酸味が感じられました。麹菌や酒粕を入れて発酵させたカカオ豆を使ったチョコレートは、日本酒のような風味がありました。この取り組みはその後、ストップしてしまいましたが、私自身、発酵にはとても興味があるので、いずれまた挑戦したいと思っています。
メリーチョコレートは贈り物として使っていただくことが多いメーカーです。贈り物には、贈り主がよく知っていて、贈り先のことを思って安心できるチョコレートを選ぶことが多いので、冒険しにくい面があります。ただ、最近はバレンタインなどで「自分チョコ」を買う人も増えてきました。そういうチョコレートにこだわりのある人のために、新たな発酵による新しいチョコレートをつくってみたいですね。
PROFILE
大石茂之(おおいし・しげゆき)
1971年、神奈川県小田原市生まれ。1995年、日本獣医畜産大学(現・日本獣医生命科学大学)獣医学部畜産食品工学科を卒業し、株式会社メリーチョコレートカムパニーに入社。生産本部大森工場でチョコレートの生産に携わる。2000年、メリーチョコレートカムパニーが初出展した「サロン・デュ・ショコラ パリ」のプロジェクトメンバーとして参加。2010年、製品開発室(現・研究開発部)配属となり、全社の商品開発を担当する。2014年、シェフショコラティエとして、「サロン・デュ・ショコラ パリ」で最高位のゴールドタブレットを初めて獲得。2016年、チョコレート愛好会「C.C.C.(クラブ・デ・クロクール・ド・ショコラ)」から、最も栄誉ある「外国人部門C.C.C.アワード」を受賞。2019年、海外戦略ブランド「トーキョーチョコレート」がC.C.C.から「世界の優秀なショコラティエ100」として表彰され、その中からさらに優れたショコラティエとして「最高のショコラティエ賞」を受賞。2022年、「インターナショナルチョコレートアワード(ICA)世界大会」で金賞受賞。現在、トップショコラティエとして新商品開発や後進の人材育成に取り組む。