渡邉 琢磨「2人の偉大な師匠から学んだ緻密な知識とイマジネーション」

もっと語ろう麹と発酵 Vol.11 世界のバーシーン〈NY編〉2人の偉大な師匠から学んだ緻密な知識とイマジネーション

「Martiny's」オーナーバーテンダー渡邉 琢磨

2022年、マンハッタンに赤レンガ造りの瀟洒(しょうしゃ)な建物のバー「Martiny’s(マルティニーズ)」が開店しました。彫刻家のフィリップ・マルティニーが1800年代の馬小屋を改装後にスタジオとして使っていた建物を使用。オープン日には行列ができるほどの注目を集めました。オーナーバーテンダーの渡邉琢磨さんは、伝説のカクテルバー「Angel's Share(エンジェルズ・シェア)」のヘッドバーテンダーを務めた人気バーテンダーです。「Martiny’s」は開店1年にして「North America’s 50 Best Bars」の29位に選ばれ、「Tales of The Cocktail 2023 Spirited Awards®」では「Best New U.S. Cocktail Bar」を受賞するなど、その名を轟かせています。次世代を担う日本人バーテンダーとして活躍する渡邉さんに、これからのニューヨークのバーシーンなどについて伺いました。
文:菅 礼子 / 写真:三井公一
インタビュー場所:Martiny’s(121 E 17th St, New York, NY 10003, USA)

多くを学ばせていただいた2人の師匠の存在

――バーテンダーのお仕事を始めたキッカケを教えてください。

10代後半の頃、友達とクラブに通って遊んでいたので、年上の格好いいバーテンダーの友達が周りにいるような環境でした。でも次第に、自分の居場所はクラブではないなと感じるようになって、友人の働いていた六本木ヒルズ(東京都港区)内の庭園にあるイタリアンレストラン「毛利 Salvatore Cuomo(サルバトーレ・クオモ)」で2年ほどバリスタ*1をしていました。

バリスタとしてラテアートにハマっていたのですが、徐々にリピーターが付いてくれるようになったんです。リピーターの方がいろいろなパーティーに誘ってくれることもあって、「お客さんが付くって面白いな」という感覚を覚えました。そこからさらにコーヒーをいれるだけではなく、同店でバーテンダーさんの見よう見真似でカクテルをつくるようになりました。*1 バリスタ:コーヒーに関する知識と技術を持ち、エスプレッソをはじめとするコーヒーをいれる専門職。

渡邉琢磨さん

その後、同じグループ会社の「XEX TOKYO(ゼックス・トウキョウ)」という業態の立ち上げの際に南雲主于三(なぐも・しゅうぞう)さんという私の師匠と一ご緒させていただきました。2009年には彼が東京・八重洲にオープンした「The Bar codename MIXOLOGY tokyo(ザ・バー・コードネーム・ミクソロジー・トウキョウ)」に参加させていただきました。

そこからワールドクラスのカクテルのコンペティションにも参加するようになり、上位に入るようになると、海外のバーテンダーとの交流も増えていきました。当時は英語が全然話せなかったのですが、海外を目指したいという気持ちが芽生えていました。

「とにかく航空チケット買っちゃいなよ」

ちょうどその頃、「Bacardi Legacy Cocktail Competition(バカルディ・レガシー・カクテル・コンペティション) 2012」の世界チャンピオンになったバーテンダーの後閑信吾(ごかん・しんご)さんが日本に一時帰国されるということを耳にしました。海外に出たいなら挨拶に行った方がいいと言われて知人に紹介してもらったんです。信吾さんにお会いした時に「海外に興味がある」というお話をしたら、「とにかく航空チケット買っちゃいなよ」と。それに従い早速、航空チケットを買い、半年後にはニューヨークに渡りました。

ニューヨークでは当時信吾さんが働いていた「Angel's Share」からキャリアをスタートして、信吾さんとは4年ほど一緒に働かせていただきました。

――渡邉さんが2人の師匠と呼ぶ南雲主于三さんと後閑信吾さんからはどのようなことを学ばれましたか。

南雲さんは、バーテンダーとは何か。そして、自分が(南雲さんが追求しているような)バーテンダーではないことを教えていただいた人です。当時の自分がいかに浅識(せんしき)であるかということを南雲さんから学び、お酒やカクテルに関する教材や文化を勉強しました。南雲さんご自身がとても勉強家で、「世界ってこんなに広いんだぞ」というさまざまな知識を教えていただきました。

信吾さんは、自分のスタイル、イマジネーションを具現化できるカリスマ性を持った人で、クリエイティビティーに溢れたアーティストです。彼がつくるカクテルは天才的に美味しくて、そこに自分がどれだけ近づけるかの挑戦でした。信吾さんの下で働いていたからこそ今のカクテルがつくれるんだろうなと感じます。

渡邉琢磨さん

――日本ではまだ聞きなれない言葉ですが、カクテルをつくる人のことを「ミクソロジスト」とも呼びますね。アメリカでは「バーテンダー」と「ミクソロジスト」の違いはなんですか。ご自身はどちらでしょうか。

日本では2009年に「The Bar codename MIXOLOGY tokyo」をつくった頃からミクソロジストという言葉が出てきたと思います。元々はロンドンから出てきた言葉で「ミックス」と「ロジカルに研究する」という言葉を掛け合わせた造語です。

バーテンダーとミクソロジストの両者に差はないと思いますが、私はバーテンダーという職業に誇りを持っていて、バーテンダーという肩書きからこのキャリアをスタートしたので、今でも「バーテンダー」という肩書きを使っています。

「Martiny’s(マルティニーズ)」の扉

日本の“おもてなし”を忘れない接客

――「Martiny’s」はどんなところにこだわってお店を運営していらっしゃいますか。

日本のおもてなしを心がけて、おしぼりを出したり、スタッフがお客様をケアできるようにしています。ニューヨークに来て10年経つのですが、毎年日本に帰って銀座のバーに行くたび、もっと学びたいという背筋が伸びたような感覚になります。

一方、ニューヨークのバーにはそういうかしこまった感覚が全くなくて、音楽があって、それを楽しめる空気感があるのが強みだと思います。「Martiny’s」もお客様にオープンな雰囲気でありたいです。

――「Martiny’s」で人気のカクテルはどんなものですか。

シグニチャーメニュー(看板メニュー)の「グランドマティーニ」や食前酒にも合う「カプレーゼ」、抹茶やカカオを使った「ティーセレモニー」は人気が高いです。日本のウイスキーや焼酎もよく出ますね。まだオープンして1年なので新規のお客様も多いのですが、クラシックなカクテルは残したいなと思っています。

私がニューヨークに来た10年前は、カクテルはアルコール度数が高くないと受け入れられませんでしたが、今はローアルコールカクテルも増えていますし、アルコールの強い弱いにかかわらず美味しく飲めるものが人気です。

渡邉琢磨さん

アメリカのバーには食前酒、食中酒、食後酒がある

――ニューヨークのバーは人々にとってどんな存在ですか。

アメリカでは食前酒、食中酒、食後酒という習慣のようなものがあるのですが、日本では全てが居酒屋で完結してしまうと思うんです。ニューヨークにも日本の居酒屋はあるのですが、それはアメリカの人にとっては日本レストランなんですね。だから日本の居酒屋に行くとしても、その前にバーで食前酒を飲んで、居酒屋で食事をした後にバーに戻って食後酒を飲む。

日本では親が焼酎や日本酒を飲んでいるのを見て育つように、アメリカでは親がマティーニやネグローニをつくって飲んでいるのを見て育っています。その習慣があるので、アメリカ人はカクテルを飲んだりバーに入りやすいと思いますし、バーはアメリカの文化に溶け込んでいます。

「Martiny’s(マルティニーズ)」のバーカウンター

「Martiny’s」でも、食前に合うカクテル、食後に合うカクテル、また食事もお出ししているので食中に合うカクテル、というようにシチュエーションに分けてカクテルを提案しています。

――最近、ニューヨークのバーで流行っているカクテルがあれば教えてください。

「マティーニ」や「マンハッタン」、「オールドファッションド」といったクラシックなカクテルはもちろん健在ですが、例えばミルクウオッシング*2のような仕込みをすることで安定したクオリティーを提供できる飲み物も流行ってきています。*2 ミルクウオッシング:酒と牛乳を混ぜ合わせて、そこにレモン果汁などの酸を加えて凝固させてからろ過することで不純物を取り除き、液体をまろやかで透明に仕上げる技法。

――お客さんが多い時とかでもすぐにそうしたカクテルは出せるものなんですか。

出せますよ。「Martiny’s」では、「カプレーゼ」がそういった仕込みをしたカクテルです。そのためには仕込みにまる1日くらい時間をかけないとつくれませんけれど。料理と同じような感覚ですね。

「Martiny’s(マルティニーズ)」のバックバー(酒棚)に「iichiko彩天」「いいちこフラスコボトル」が並ぶ

日本を代表する焼酎カクテルをつくりたい

――焼酎はアメリカのバーテンダーの間でどのような評価を得ていますか。

今まではウオッカと比較されることが多かったのですが、焼酎は麹を使うことによって醸し出されるフレーバー、味わいの深さがあり、素材によって幅広く使えます。ウオッカには出せない“遊び”が焼酎にはありますね。バーテンダーによっては焼酎の原材料を選んで使う人も出てきていると思いますが、もっとプロモーションも必要ではないでしょうか。

  • 渡邉琢磨さんによる「iichiko彩天」を使ったカクテルづくりのお手並み
  • 渡邉琢磨さんによる「iichiko彩天」を使ったカクテルづくりのお手並み
  • 渡邉琢磨さんによる「iichiko彩天」を使ったカクテルづくりのお手並み
  • 渡邉琢磨さんによる「iichiko彩天」を使ったカクテルづくりのお手並み
  • 渡邉琢磨さんによる「iichiko彩天」を使ったカクテルづくりのお手並み。きゅうりが視覚的にもアクセントになっている
「iichiko彩天」を使い柚子(ゆず)とバジル、パイナップルを加えたトロピカルさに日本のフレーバーを入れたカクテル「Maia(マイア)」「iichiko彩天」を使い柚子(ゆず)とバジル、パイナップルを加えたトロピカルさに日本のフレーバーを入れたカクテル「Maia(マイア)」

――焼酎と他のスピリッツの違いをどう感じますか?

私が日本人だからかもしれませんが、焼酎は上品な味わいで体に馴染む感じがします。テキーラ、ウイスキーと同様に蒸留酒という意味で似ている要素もありますが、焼酎は蒸留がシンプルでフレーバーを閉じ込めることができます。ウイスキーの蒸留所に行くと風景が似ていると思うのですが、焼酎を製造している蔵元には独自性があってフレーバーにも個性が出ているのも焼酎らしいですね。

――「iichiko彩天」(43度)のようなアルコール度数の高い焼酎も登場していますが、アメリカ市場において焼酎の可能性はいかがですか。

渡邉琢磨さん

2019年にサンフランシスコから「iichiko彩天」をみんなが使い始めて、東海岸に向かってマップ上にどんどん「iichiko彩天」を使っている人たちの旗が立っていくような勢いがありました。明らかにマップの色が「iichiko彩天」のブルーに変わっていく瞬間があって、実際にアメリカで使われているという感覚がありました。

常に焼酎をどういったカクテルにするかを考えていますが、焼酎のアルコール度数の高さは私からするとカクテルづくりに実はそんなに関係ありません。10年前はアルコール度数云々ということが私の周囲でも気にされていましたが、今はアルコール度数を楽しむものではなく、焼酎自体を楽しむというフェーズにきています。

焼酎はもっともっとアメリカ市場で広がっていく可能性があります。メキシコに行くと、みんながテキーラベースのカクテルやメスカルベースのカクテルを愛してやまないんです。日本人として、日本を代表する焼酎ベースのカクテルを作りたいです。

有名彫刻家のスタジオだった美しい建物に入った「Martiny’s(マルティニーズ)」有名彫刻家のスタジオだった美しい建物に入った「Martiny’s(マルティニーズ)」

カクテルと食のハーモニーを考える

――普段、新しいカクテルをつくる際のアイデアやインスピレーションはどこから得ていますか。

出合った時に喜びを感じるものは何かということを、常にアンテナを張って探しています。シェフやペストリーシェフから学ぶことも多く、カクテルと食をどう合わせるのかを考えることで、そこから新しいフレーバーのカクテルアイデアも浮かびます。

普段からいろいろと食べ歩くように心がけていますし、先日訪れたペルーでもさまざまな食材に出合いました。それらから受けたインスピレーションを今後の新たなカクテルの開発にも使いたいですね。

渡邉琢磨(わたなべ・たくま)

PROFILE

渡邉琢磨(わたなべ・たくま)

「毛利 Salvatore Cuomo(サルバトーレ・クオモ)」(東京都港区六本木)でバリスタとして飲食業のキャリアをスタート。その後、「XEX TOKYO(ゼックス・トウキョウ)」の立ち上げに携わる。2009年、南雲主于三氏とともに「The Bar codename MIXOLOGY tokyo(ザ・バー・コードネーム・ミクソロジー・トウキョウ)」(東京都中央区八重洲)をオープン。2013年に渡米し、「Angel's Share(エンジェルズ・シェア)」(ニューヨーク市マンハッタン区)で後閑信吾氏の下でバーテンダーとして働き、後にヘッドバーテンダーを務める。2022年、自身がオーナーを務める「Martiny’s(マルティニーズ)」をオープン。2023年、「North America’s 50 Best Bars」(William Reed Business Media)29位、「Tales of The Cocktail 2023 Spirited Awards®」で「Best New U.S. Cocktail Bar」受賞。