キャメロン・ウィンケルマン「焼酎は他の素材やスピリッツを重ね合わせることでカクテルの味わいを高めてくれる」

もっと語ろう麹と発酵 Vol.10 世界のバーシーン〈NY編〉焼酎は他の素材やスピリッツを重ね合わせることで
カクテルの味わいを高めてくれる

「Manhatta」ヘッドバーテンダーキャメロン・ウィンケルマン

マンハッタンの摩天楼が一望できる60階の高層レストラン&バーとして知られている「Manhatta(マンハッタ)」。サンセットタイムにはバーシートは瞬く間に満席となり、美しい夜景とカクテルを楽しむニューヨーカーや観光客で連日賑わっています。さまざまな人種が入り混じり、さまざまな顔を持つマンハッタンの各エリアをモチーフにしたユニークなカクテルを提供するなど、まさにここはニューヨークにいることを実感できるバー。「Manhatta」のヘッドバーテンダー、キャメロン・ウィンケルマンさんに、ニューヨークで求められるカクテルとは何か、焼酎はアメリカのバーで受け入れられるのかなどを伺いました。
文:菅 礼子 / 写真:三井公一
インタビュー場所:Manhatta(28 Liberty St, 60th floor, New York, NY 10005, USA)

ニューヨークを表現する枠にとらわれない素材の組み合わせ

――窓からの眺望が抜群なバーですね。お店のコンセプトを教えてください。

「Manhatta」のコンセプトは、「love letter to New York City(ニューヨークへのラブレター)」です。この60階からは東西南北、ブルックリン、クイーンズ、ニュージャージーまですべて見渡せるので、カクテルも料理もサービスにおいても、この街の美しさを最大限に表現したいと思っています。

私がつくるカクテルにはさまざまなテイストがありますが、普通のバーではなかなか使わない素材やスピリッツを掛け合わせて味わいのコンビネーションを楽しんでいただいています。

ニューヨークが持つさまざまな側面を強調しながら、素材を掛け合わせていきます。カクテルだけでなく、キッチンでも普段は合わせない食材同士を組み合わせて調理をしているのが「Manhatta」の特徴のひとつでもあります。

キャメロン・ウィンケルマンさん

一方で、近所の行きつけのお店のように気軽に飲める「Neighborhood Cocktails」として提供しているのが、「Brooklyn」や「Astoria」など。ニューヨークにあるそれぞれのエリアが持つ特徴を表現したカクテルです。

――ニューヨークの人たちにとって、バーとはどんな存在ですか。

人が出会う場所であり、仕事の後に職場の人たちと1杯楽しむ場所であり、リラックスしたくて来る場所でもあります。パンデミックのさ中に自宅でさほど美味しくないカクテルを飲んでいた人たちが、プロのバーテンダーがつくる美味しいカクテルが飲みたくなったと言って、戻ってきてくれたと思っています。

お客様の中には、自宅でカクテルをつくっていた経験もあって、このカクテルにはどんな材料が使われているの? カクテルの特徴は何なの? など熱心に質問をしてくる人たちもいますね。

キャリアに大きな影響を与えてくれた人物との出会い

――キャメロンさんがニューヨークのバーで働くようになった経緯を教えてください。

シアトルにあるワシントン大学に通っていた時にレストランでアルバイトをしていました。レストランでの仕事は楽しいし、お酒も好きだし、お給料も高く、この業界の魅力にどんどんとはまっていきました。シアトルではパートタイムでバーマネージャーの仕事をしていましたが、当時お付き合いをしていた女性がニューヨーク出身で、ニューヨークに戻りたいと言った時に私も一緒に付いて行くことにしたんです。

ニューヨークでいざ、職を探そうとバーの面接を受けたのですが、当時のニューヨークのバーでは、ニューヨークで経験を積んだ人を採用したいという傾向があったため全然相手にされませんでした。そのためサーバー(ホール)から始めてバーバック(キッチンなどのバックヤード)、バーテンダーというように、いちから経験を積み直すしかなかったんです。

高層ビル60階にある「Manhatta(マンハッタ)」の窓から見えるマンハッタンの摩天楼

最初に勤務したのは、現在は閉店してしまったのですが、タイムズスクエアにあった「The Polynesian(ザ・ポリネシアン)」というお店でした。そこで私のバーテンダーキャリアに大きな影響を与えてくれたブライアン・ミラーという人物に出会うことができました。

その後、2018年に「世界のベストバー50」*1の上位入りの常連にもなっている「Mace(メイス)」に移り、ここでもサーバーからスタートして、バーテンダー、ヘッドバーテンダーになりました。そして、新型コロナによるパンデミックのため休業していた「Manhatta」再開のタイミングで、2022年1月からヘッドバーテンダーとして働いています。4年かかってついに今のポジションを獲得することができました。*1 世界のベストバー50(The World’s 50 Best Bars):ウィリアム・リード・ビジネス・メディアが年に1回発表する世界最高峰のバーアワード。

――The Polynesian時代に影響を受けたというブライアン・ミラー氏はどんな人ですか。彼からはどんなことを学ばれたのですか。

ブライアンはニューヨークのカクテルシーンにおいて“Old Guard(その業界において古くから活躍している大先輩)”的な存在で、バーで働く人なら誰もが彼のことを尊敬しています。

私がブライアンに会った当初、彼はニューヨークの名店のひとつだった「Pegu Club(ペグ・クラブ)」で働いていました。オーナーであるオードリー・サンダースの下で、ブライアンのほかにも後藤健太、ジム・ミーハン、ホアキン・シモ、そのほか錚々たるバーテンダーたちが腕を振るっていました。彼らはいずれもその後、独立して自分のバーを持って活躍しています。

「The Polynesian」で私はブライアンから直接いろいろなことを教わり、影響を受けました。カクテルづくりの基礎だけではなく、礼儀やマナーを大切にしたお酒の飲み方、カクテルのつくり方など、彼の哲学までも学べたことに感謝しています。

キャメロン・ウィンケルマンさん

焼酎はカクテルづくりの要となる存在

――焼酎というスピリッツはアメリカではどの程度知られているのでしょうか。

アメリカでは焼酎に対する一般的な認知度はまだまだ高くはないですね。焼酎を知っているという人の多くも、「日本のスピリッツである」といった程度で、原料や製造法までは知らないと思います。

バーテンダーの中では、日本酒造組合中央会(JSS)主催の本格焼酎カクテルコンペティションなどで興味を持つ人が現れ、それを機に焼酎の勉強を始めたり、カクテルの試作をする人も増えてきているのではないでしょうか。

「Manhatta(マンハッタ)」のバーカウンターに用意されたグラス

キャメロン・ウィンケルマンさん

――焼酎はカクテルをつくる際のベースとしてはどのように使っていますか。

焼酎はアルコール度数も20~25度と軽めで、うまみが凝縮したスピリッツなので、他の素材やスピリッツをレイヤーする(重ね合わせていく)ことで味わいを高めてくれる効果を持っています。柔らかくてデリケートな味わいを表現したい時に焼酎を使うのですが、うまみや甘さを引き出すことができます。

焼酎は他の素材の味わいを邪魔せず、バランスを取ってくれるので、カクテルをつくる際に重要な位置付けを担います。イメージ的には丸い味わいのカクテルをつくりたい時に重宝しますね。

  • 「iichiko彩天」を使ったカクテル「Mistakes Were Made」
  • 「iichiko彩天」を使ったカクテル「Mistakes Were Made」
  • 「iichiko彩天」を使ったカクテル「Mistakes Were Made」
  • 「iichiko彩天」を使ったカクテル「Mistakes Were Made」
  • 「iichiko彩天」を使ったカクテル「Mistakes Were Made」。きゅうりが視覚的にもアクセントになっている「iichiko彩天」を使ったカクテル「Mistakes Were Made」。きゅうりが視覚的にもアクセントになっている

――アルコール度数の低いスピリッツはカクテルには使いにくいとも言われますが。

一般的に20〜25度程度のスピリッツはカクテル向きではないとも言われますが、焼酎はフレッシュなうまみが閉じ込められているので、焼酎の持つ味わいがカクテルのレイヤーのひとつとしていい働きをします。アルコール度数が低いからと言って、焼酎がカクテルに使いにくいということはないのではないでしょうか。

――アルコール度数43度の「iichiko彩天」はニューヨークのバーシーンでブレイクすると思いますか。

アルコール度数の高い焼酎はスペックが高いので使い道がいろいろあります。アルコール度数の低い焼酎はデリケートな味わいを表現するのに向いていますが、味わいのしっかりとした「iichiko彩天」はアメリカ人にも好まれると思います。Manhattaでも「Goodbye Roses」というカクテルに「iichiko彩天」を使っていますが、常にトップ3に入る人気メニューです。

カクテルのフレーバーを高めてくれる麹の力

――近年、発酵というキーワードが注目されていますが、焼酎が麹による発酵で造られる酒であることに魅力は感じますか。

麹は素晴らしいものだと思います。麹を使うことでフレーバーが生きるので、先述したようにカクテルをつくる際に焼酎はレイヤーしていくことで味わいを高めてくれます。実はManhattaのキッチンでも麹を育てていて、麹水を料理に使ったり、カクテルのシーズニングとして用いたりもしています。

アメリカで一般的には麹という存在はまだ知られていないと思いますが、バーテンダーの中には発酵や麹に興味を持っている人も多く、私もパンデミック中は時間があったので発酵食品や麹について調べたり、勉強をしていました。

――日頃からいろいろと勉強する中で、カクテルをつくる際のインスピレーションはどこから湧くものですか。

日常生活の経験からアイデアが浮かぶことが多いです。例えば食事をしている時やデザートを食べている時、使われている素材の組み合わせを確認しながら「これをカクテルにするとどうなるだろう」と考えたりします。

「iichiko彩天」を使ったManhattaの定番カクテル「Goodbye Roses」。ジンと果実、卵白を使い、バラの花びらを浮かせた柔らかな味覚と美しいビジュアルの一品「iichiko彩天」を使ったManhattaの定番カクテル「Goodbye Roses」。ジンと果実、卵白を使い、バラの花びらを浮かせた柔らかな味覚と美しいビジュアルの一品
キャメロン・ウィンケルマンさん

実際に自分が経験していなくても、以前「イレブン・マディソン・パーク」*2のレシピ本を読んでいたら、スナップえんどうとマスクメロンを組み合わせた料理が紹介されていました。これをカクテルにしたら面白そうだなと思ってレシピをイメージしてみて、「Snap Judgement」というカクテルをつくりました。

個人的にバーに飲みに行く時も、最近はメニューの中で一番変なもの、意外性のある組み合わせのカクテルを頼むようになりましたね。*2 イレブン・マディソン・パーク:「2017年 世界のベストレストラン50」(ウィリアム・リード・ビジネス・メディア)で世界一を獲得、ミシュラン三つ星にも輝くNYのフレンチレストラン。

キャメロン・ウィンケルマンさん
Cameron Winkelman(キャメロン・ウィンケルマン)

PROFILE

Cameron Winkelman
(キャメロン・ウィンケルマン)

アイダホ州コールドウェル市生まれ。ワシントン大学在学中にシアトルでバーテンダーとしてのキャリアをスタートし、ゼネラルマネージャーも務める。2016年にニューヨークシティーに移り、「The Polynesian」でブライアン・ミラー氏の下でカクテルについて学ぶ。「Mace」のヘッドバーテンダーを経て、2022年1月から「Manhatta」のヘッドバーテンダーに就任。革新的なカクテルに定評がある。