ドン・リー「バーというのはアメリカ人にとって自分の居場所“サードプレイス(第3の場所)”なんです」

もっと語ろう麹と発酵 Vol.08 世界のバーシーン〈NY編〉バーというのはアメリカ人にとって自分の居場所
“サードプレイス(第3の場所)”なんです

バーコンサルタントドン・リー

カクテル文化が根付き、長い歴史を持つニューヨークは、クリエーティブなカクテルを作るバーテンダーたちがひしめき合っています。世界最高峰のレベルで競い合うこの街で、かつてはバーテンダーとして働き、現在はバーコンサルタントとして活動するドン・リーさん。多くのバーが誕生しては消えていく、競争率の高いニューヨークで注目のバーをプロデュースしているドンさんに、ニューヨークのバーシーンについて語っていただきました。
文:菅 礼子 / 写真:三井公一
インタビュー場所:BAR Goto Niban(474 Bergen St.,Brooklyn, NY 11217, USA)

バーテンダーに求められるのは創造性とクラシックなものへの解釈

――かつて、ドンさんはどのような方からバーテンダーの仕事を学ばれましたか。

初めて私が本格的なカクテルを飲んだのはニューヨークの「Milk & Honey(ミルク・アンド・ハニー)」というバーでした。カクテル本でジェームズ・ビアード賞*1を受賞し、後に数々の表彰を受けたバーのオープンを手がけたトビー・マローニーが作ってくれたカクテルの味わいに衝撃を受けました。

全ての素材のニュアンスを残しながら、素材を合わせることによって生まれるハーモニーと全体のバランス感が絶妙に取れたカクテルを飲んだのはその時が初めてだったからです。そこから私はカクテルやバー、バーテンダーについて調べ始めました。バーにはそれぞれ独自のスタイルがあるものの、優れたバーテンダーにはクラシックなカクテルへの解釈に加え、オリジナルのレシピを創造できる、バーテンダー独自の視点があることに気づきました。*1 ジェームズ・ビアード賞:ジェームズ・ビアード財団によって1990年に設立された飲食業界のアワード。アメリカのシェフ、レストランオーナー、著者、ジャーナリストなどを表彰する。アメリカ国内のメディアでも広く取り上げられ、料理界の専門家だけでなく美食家たちもそのニュースを注目している。

ドン・リーさん

このことの重要性は、自分でバーを経営するようになってから私自身が痛感することになりました。多くのお客様に同じ体験をしてもらうために、それぞれのバーが持つ独自のスタイルを維持しながらも、均一なクオリティで毎日カクテルを提供することは、一見バーテンダーにとっては創造性に欠けることのように見えますが、バーにとってはとても重要なことです。

また、常連客にはメニュー外のカクテルを出すこともあり、その際にはバーテンダーの創造力が試されるなど、さまざまな要素が求められます。私は幸運にも、後に行列のできるニューヨーク屈指の人気店となる「PEGU CLUB(ペグ・クラブ)」と「Death & Co(デス・アンド・コー)」がオープンした頃の常連客だったので、両店のクラシックなカクテルを学んだだけではなく、フィル・ワード、ブライアン・ミラー、ジム・ミーハンといった一流のバーテンダーたちが作る新しいカクテルの実験台になることができたんです。素材の黄金比を探求するプロセスを見せてもらい、最終的にお店に出されるものを飲むことでカクテル作りを学ぶことができ、彼らには本当に感謝しています。

ドン・リーさん

優秀なバーテンダーとコンサルタントに共通するのは察知する力

――バーのコンサルティングをする際に求められるスキルとは何でしょうか。

優れたコンサルタントであることは、優れたバーテンダーであることとそれほど変わらないと思っています。バーに来るお客様は何を注文したらいいのか分からないことが多いのですが、優秀なバーテンダーはお客様の要望に耳を傾けることで、メニューにないものでも彼らの望み通りのカクテルを作ることができます。多くの経験をすることで優秀なバーテンダーはお客様の要望を予測できるようになり、何か問題が起きる前に防ぐことができるようになります。

コンサルタントも同じです。まずはクライアントの目標を達成する手助けをすることが一番重要なのですが、問題が起こる前にそれを察知し、未然に防ぐことでクライアントを目標達成へと導きます。経験の浅いコンサルタントは自分のエゴを優先してしまい問題が起こるまで気が付かないため、目標を達成できなくなります。このように要望を察知すること、問題を未然に防ぐことはバーテンダー、コンサルタントにとって重要なスキルです。

自分を開放できる居心地の良い“サードプレイス”

――アメリカ人にとってバーとはどんな存在ですか。

私たちは普段、さまざまな場所で生活していますが、それを大きく3つに分けることができると思います。

1つ目の場所は家庭です。家では料理や掃除をしたり、子どもがいれば子どもの世話をしたり、親としての責任、家族としての責任があります。2つ目の場所は職場です。職場では上司がいたり、仕事の責任、社会的な責任にさらされています。

こういった家庭や職場は、常に責任を持たなければならない場所ですが、私にとってバーというのはリラックスして本当の自分を解放できるサードプレイス(第3の場所)だと思うんです。

人によってはサードプレイスが教会に行くことだったり、バスケットボールをすることだったり。アメリカにはカクテルバーやダイブバーなど、さまざまなタイプのバーがあり、それぞれコミュニティーや客層は違っても自分に合った、自分らしさを出せる場所、それがバーなんです。

ドン・リーさんのインタビューが行われたBAR Goto Niban(バー・ゴトウ・ニバン)のカウンター

――心地いい“サードプレイス”を作り上げる際にコンサルタントが注力するポイントは何ですか。

ビジネス戦略に沿ってバーを作っていくこともあれば、オーナーのパッションに従ってコンセプトをとことん突き詰めていく場合もあり、クライアントによってさまざまです。ビジネスの仕方もいろいろで、前者はマーケティング的に見て人気のエリアに出店し、受け入れられやすそうなメニューを考えてカクテルを提供していくスタイル。後者は魂を込めてポリシーに沿ってやりたいものを作っていくので、注力するポイントの順位付けが難しいんです。

若者のバー体験が飲むことから写真を撮ることの価値へ

――日本では若い世代を中心に、強いお酒を飲む人が減ったり、アルコールの消費量が減っているようですが、近年のアメリカではお酒の飲み方に変化はありますか。

アメリカでも同じような現象が起きているのでとても面白いのですが、いくつかの理由があると思っています。1つ目は、アメリカでは親の世代が好んだものを子どもたちの世代は好まない傾向にあります。それはお酒だけではなく、ファッションや音楽など、さまざまなものに対して言えることです。

歴史的に見ても、アルコール消費のトレンドのサイクルがありました。1940~50年代はアルコール消費の新たなピークとなりました。次の1960~70年代は、アルコールにあまり興味を示しませんでしたが、1980~90年代に再びアルコール消費が復活し、それが2000年代初頭まで続きました。いま、法定飲酒年齢に達しつつある若い世代は、親世代に比べて、再びアルコールへの興味が薄れてきているようです。

もう1つの理由はソーシャルメディアの普及です。今まで私たちはレストランやバーにリアルな体験をするために行って、味や風味でその店の良し悪しを判断していました。しかし今の若い世代の人は、実際に消費する経験、味よりも、料理やお酒をソーシャルメディアに記録することの方が重要なようです。

バーでお酒を飲むということは、お酒そのものの味を楽しむだけでなく、気分を高揚させたり、気分を変えたり、同じ店内にいる人たちと共有する楽しさがあります。しかしこの新しい世代は、そのようなことをソーシャル・メディアに写真や動画で表現することが難しいため、お酒を飲んで楽しむこと自体にはあまり価値を見いださず、結果としてアルコール離れが進んでいるようです。

その代わりに、美しい、あるいは珍しい見た目の飲み物を写真に撮ったり、評判の良い店で「セルフィー」(自分の写真)を撮ったりして、自分がそこにいることをアピールすることが重要な要素となっています。

ドン・リーさん

ローアルコール、ノンアルコールのドリンクの傾向

――アメリカではローアルコールドリンクやノンアルコールドリンク(モクテル*2)の人気は高まっていますか。

確かにローアルコールドリンクやモクテルの消費量は増えてきているようですが、アルコール全体で見ると1%ほどにしか過ぎず、まだまだハイアルコールドリンクの消費量が圧倒的に多いのが現状です。しかし、昔は0%だったものが1%になっているという部分をフォーカスすれば、需要が増えてきたということになります。*2 モクテル:「Mock(似せた、見せかけの)」と「Cocktail(カクテル)」を合わせた造語。ノンアルコールカクテルの新しい呼び名として使われ始めている。

でも考えてみれば、ビールはアルコール度数(ABV=Alcohol By Volume)が平均5%程度と低く、ローアルコールドリンクに分類されますが、ビール人気は今に始まったことではなく、ずっと昔から飲まれているものです。ジャーナリストや私たちのような飲食業界の人が「ローアルコールドリンクやモクテルがはやっている」と言えば、みんなそれがトレンドだと信じるし、SNSの影響も大きいと思います。

最近ではヘルシーやウェルネスなど、健康的な生活に皆が注目していて、若い世代がお酒を飲むなら普通のカクテルを飲むよりもローアルコールドリンクやモクテルを注文し、健康的なライフスタイルをアピールする傾向があるのでトレンドのように見えますが、実際の消費量としてはまだまだ小さいのです。また、ローアルコールドリンクとモクテルは一括りにされていますが、この2つの飲まれ方というのは別物と考えるべきです。

――ローアルコールドリンクやモクテルは今後どうなっていくと思いますか。

人気が出てきているのは事実ですし、今後、もっと伸びていくと思います。先ほどお話ししたように、バーは多くの人がリラックスして自分を開放できる“サードプレイス”であってほしいと考えているので、私は皆がハッピーになれる場所を作りたいのです。アルコールが飲めない人も、アルコールをあまり飲みたくない人も集まれる場所を作るためには、ローアルコールドリンクやモクテルの需要が高まることは業界にとっても大事なことです。

麹の味わいが“うまみ”となって低アルコールでも豊かな味わいをもたらす

――2022年10月に来日されて九州の焼酎の蔵元を訪問されましたね。その際の感想を伺えますか。

実は焼酎の大半が九州産であることは本で読んで知っていたのですが、それが実際に何を意味するのかまでは理解していませんでした。アメリカでは、日本といえば東京しか知らない人が多いのです。

実際に九州を訪れてみてはじめて、九州各県の気候や土地柄が、焼酎の個性の違いにつながっていることが分かりました。また、多くの蔵元が家族経営の小さな会社だったことにも驚きました。メキシコのオアハカを初めて訪れたときに、村の小さな蔵元でメスカル*3がつくられているのを見たときのことを思い出しました。*3 メスカル:アガベ(リュウゼツラン)を主原料とするメキシコ産蒸留酒。「テキーラ」はメスカルの1種で、元々はテキーラ地区でつくられたメスカルを指す。原料としては「テキーラ」がアガベ・アスール(ブルーアガベ)という1種類のアガベからつくられるのに対して、他のメスカルはアガベ・アスールを含めて約50種類のアガベを単独、あるいは複数使ってつくられる。

私は、大量生産のための新しい方法を積極的に模索している大企業の製造現場を見慣れていたため、焼酎メーカーの状況がそれとはあまりにも異なっていることに衝撃を受けました。どの焼酎メーカーも、代々受け継がれてきた伝統を守ることに注力し、どれだけ売れるかよりも、自分の子どもたちが家業を継いでくれるかどうかを気にかけていた。

製造した商品の多くが同じ国内であっても九州以外ではほとんど手に入らないという事実は、焼酎というカテゴリーがいかにバラエティーに富んでいるか、そしていかに超ローカルであるかを証明しています。焼酎の背景に多くの歴史と伝統があることは驚きでもありました。

ドン・リーさん

――麹を使った焼酎の魅力は何だと思いますか。

麹は焼酎造りの鍵であると同時に、アメリカ人に焼酎を説明する鍵でもあると思います。焼酎はほとんどのアメリカ人にとって初めてのものですが、醤油(しょうゆ)や味噌(みそ)は誰もが口にしたことがあります。

醤油と味噌と焼酎それぞれの製造に麹がどのように使われているかを説明することは、焼酎の製造工程を説明するのに役立つだけでなく、焼酎のカテゴリー全体にわたる独特の風味や、ウオッカとの違いを説明するのにも役立ちます。ウオッカも焼酎も透明な液体ですが、醤油と塩がそれぞれ食品に塩味を加えるために使われるけれども、醤油には、塩にはない麹のうまみ成分があるように、焼酎にもウオッカにはない麹由来のうまみ成分がありますね。

また、麹が焼酎のユニークな統一要素であることは言うまでもありませんが、アメリカ人に焼酎の魅力を説明する際に強調される必要があると思うのが減圧蒸留です。減圧蒸留は、他のアルコール・カテゴリーでは商業的な規模では存在せず、ほとんどの場合、研究所で知られているプロセスです。

焼酎は減圧蒸留を行うことでうまみを逃さず、フレッシュな香りを閉じ込めることができます。このため、他のジンやウオッカやラムなどのスピリッツのアルコール度数が40%前後であるのに比べて、一般的に焼酎は25%と低アルコールでありながら、香りと味わいが豊かで素晴らしいスピリッツだと思います。こういった観点からも今後、焼酎はアメリカで広がっていく可能性は十分にあると思います。

ドン・リーさん
Don Lee(ドン・リー)

PROFILE

Don Lee(ドン・リー)

1981年、アメリカ・ロサンゼルス出身。コロンビア大学を卒業後、6年間コンピュータープログラマーとして働く。その後、情熱の赴くままにバーテンダーの道へ。ニューヨークのバー「PDT」のヘッドバーテンダーを経て、「Milk & Honey(ミルク・アンド・ハニー)」のビバレージ・ディレクターとして活躍。オーナーとしてカクテルバー「Existing Conditions(EX イグジスティング・コンディションズ)」をオープンし一斉を風靡(新型コロナウイルス禍のため閉店)。2020年、世界的なカクテルフェスティバル「Tales of the Cocktail」において「American Bartender of the Year」受賞。現在はバーコンサルタントとして飲食業界でのさまざまなプロジェクトに携わっている。