小倉ヒラク「新しいカルチャーという感じで、『発酵』が注目されるようになってきた」

もっと語ろう麹と発酵 Vol.06新しいカルチャーという感じで、
「発酵」が注目されるようになってきた

発酵デザイナー小倉 ヒラク

発酵学者の小泉武夫先生との出会いから「発酵」の魅力に目覚めた小倉ヒラクさん。発酵食品の商品開発、専門家たちとの各種プロジェクト立ち上げ、発酵食品を集めたイベントのプロデュースなどを手がけ、都内に発酵食品などの小売、飲食店、イベント開催の複合施設「発酵デパートメント」をオープンして人気を集めています。国内の食文化の中で発酵が一大ムーブメントとなっていった経緯、トレンドなどを伺いました。
文:藤田千恵子 / 写真:三井公一

小泉武夫先生とお会いするなり言われた言葉

――発酵というものを最初に意識されたきっかけを教えてください。

20代半ば頃、スキンケアの会社で製作デザインの仕事をしていました。けっこう頑張って働いて、仕事が終わると、めっちゃ遊ぶというような生活で。ところが、あんまり寝ないで不摂生していたら体調を崩してしまって。

生まれつき免疫に問題があって、幼い頃はアレルギーやぜんそくの発作が出たりしていたんですけれど、そんな症状がまた出てきてしまう状態になったんです。そんな時にたまたま、会社の後輩が「私の先生に会いに行きましょうよ」と声をかけてくれました。その後輩は東京農業大学出身のみそメーカーの娘さんで、先生というのは発酵学者の小泉武夫先生だったんです。

僕は体調ズタボロの状態で小泉先生とお会いしたんですが、会うなり、「君は免疫不全だな。発酵食を食べることを習慣にしなさい」と言われたんです。それからは毎朝おみそ汁を作って、伝統的な発酵食品を朝に食べるという習慣にしたんです。そうしたら、一発で症状が治まるということではなかったんですけど、1カ月くらい経った時に体調が良くなってきて、ぜんそくもだんだん良くなり、朝起きられるようになってきたんです。

発酵デザイナー 小倉ヒラクさん

「発酵」が人類学にもつながる

――体質に合っていたのですね。

そうですね。それまではあんまり食にも興味がなくて、和食もそんなには食べていなかったんですが。でも発酵食品を摂って食生活を変えていった結果、すごく身体が元気になってきた。それで、なんでかなあ? と思って小泉先生の本を読んだり、自分でみそを仕込んでみたり、いろいろ発酵のことを調べ始めたんですよ。

そうしたら、実はそこにはちゃんとメカニズムがあって、人間の免疫の仕組みがどうなっているかとか、生物の機構を知ることに興味が湧いてきた。あとは、発酵食品のことを調べていくと、もともと興味のあった人類学にもつながる面もあるし、非常に多面的な切り口を持ったものだということが分かってきて、発酵の世界に引き込まれていったんです。

発酵デザイナー 小倉ヒラクさん

「手前みそのうた」が人気を呼ぶ

2010年にデザイナーとして独立してからのことですが、僕は趣味で、山梨県の五味醤油という老舗のみそ屋さんの兄妹と一緒にみそをテーマにした歌「手前みそのうた」*1を作ったんです。それがアニメになったりして、だんだん人気になっていきました。その頃には、気づいたら発酵食品や醸造メーカーなどの発酵関連の商品デザインばかりをやるようになっていました。*1 「手前みそのうた」:小倉ヒラクさんが「五味醤油」6代目社長・五味仁さんと妹の洋子さんとともに作り2011年11月に公開した。ダンスもある。

そこで、もう普通のデザイナーをやめて、発酵のことを専門にやるのがいいのかなと考えました。それで2014年に初めて「発酵デザイナー」と名乗ることにしました。その頃、2014年~2015年くらいから、ローカルビジネスとかソーシャルデザインと呼ばれている領域や、地方で農業に取り組む若い人たちの間でも発酵が注目されるようになったんです。

発酵デザイナー 小倉ヒラクさん

食品以外の世界からも「発酵」が注目され出す

「スペクテイター」(発行:有限会社エディトリアル・デパートメント)というカルチャー系の雑誌の発酵の特集に関わらせてもらったのもその頃です。そのあと2017年に「発酵文化人類学」(発行:木楽舎)という本を出しました。この頃には、デザインや服飾、音楽、美術、文芸などを生業とするカルチャー界隈の人たち、社会科学やIT系の人たちとかも発酵というものにかなり興味を持つようになっていましたね。

そこからさらに僕が発酵食品関連のプロダクト開発をしたり、東京・渋谷ヒカリエでの展覧会*2をやったりしている頃から、今度はビジネス系の人たちが発酵の分野に来るようになりました。今は、そこからさらに裾野が広がって、もっと若い世代にも取り込まれてきたような感じで、発酵食品の調味料や日本酒やクラフトビールなどが注目されるようになってきていますね。*2 渋谷ヒカリエでの展覧会:2019年4月~7月に開かれた「Fermentation Tourism Nippon ~発酵から再発見する日本の旅」。47都道府県の発酵食品が集められた大掛かりなイベント。

47都道府県の発酵MAP(渋谷ヒカリエ)

若い層の来客が増える「発酵デパートメント」

――小倉さんが東京・下北沢(住所は世田谷区代田)の商業施設「BONUS TRACK」内に手がけた発酵関連の専門店「発酵デパートメント」の開店は2020年4月ですね。どんなお客さんが来られるのですか。

オープン当初の主な客層は40代半ばから50代くらいだったんですけど、時間が経つうちに30代前半の方が多くなって。ここ半年でまた客層の変化があり、今は20代30代の人たち、ストリートファッションに身を包んだ若い層が増えてきましたね。発酵関連のインスタグラムの投稿もいっぱいあるし、「発酵」がファッションアイテムみたいになってきているようです。

発酵関連の専門店「発酵デパートメント」

――「発酵デパートメント」にはみそ、しょうゆ、酢といった調味料、漬け物や珍味などの発酵食品やクラフトビールや日本酒、焼酎などの酒類、そして書籍や食器類までいろいろなものが置いてありますが、売れ筋商品はどんなものですか?

定番の売れ筋というものはないです。何が売れるのかがまったく分からない(笑)。逆に、なぜこれが売れるんだろうという商品がとても多いんです。黒麹とか紅麹、三五八漬け(さごはちづけ)とかはすごく人気がありますし、今はアユのなれ寿司とか、酒粕から造った赤酢、最近は奈良漬けとか。あとはパリで造った日本酒とかも結構売れてます。でも何がきっかけで売れるのかは僕もよく分からなくて。

発酵デザイナー 小倉ヒラクさん

店の活動自体が発酵のアーカイブ

今の発酵関連の会社とかはトレンドに敏感で、例えばみんな塩こうじとか甘酒とか、世の中の追い風が吹いているものを選択するんですよね。だけど、「発酵デパートメント」の特徴は、まだ1mmも追い風が吹いてないものが売れる(笑)。僕たちの店の活動自体が、発酵食品を網羅して店頭に並べるというアーカイブ的な活動なので、「こんなものもあるんだ!」というようなカテゴライズできない謎のものも置いてある。

それでレシピと食品を取り巻く背景を知っていく。そういうものを知った上で売らないと意味がないと思います。この店ではマーケティング的な発想というものは何もないです。でも、その中から謎のベストセラーが出てくるんです。そこは、どちらかというとお客さんが作ってくれるという感じですね。

発酵デザイナー 小倉ヒラクさん

青森県の「ごど」、長野県の「すんき」

――たくさんの商品と出合った中で、特に印象に残ったものがあれば教えてください。

青森県十和田の「ごど」。これは納豆に麹をまぜて塩はほとんど入れずに乳酸発酵させたものです。1週間くらい発酵させて納豆や麹が溶けた状態で食べます。酸味のかたまりのような味です。さらに発酵が進むとデロデロに溶けた液体状になり、これを調味料のように炒め物などに使ったり、ドレッシングのようにも使います。今は、店のランチで「ごど丼」というメニューも出しますが、人気ありますよ。

それから、長野県の乳酸発酵の漬物の「すんき」も印象的でした。木曽の御嶽山(おんたけさん)周辺の、塩を使わない漬物です。僕は一時期、東京農大の先生たちとすんき漬けをはじめ、木曽の発酵文化の調査も手伝っていました。いまでは「発酵デパートメント」のベストセラーです。

発酵デザイナー 小倉ヒラクさん

――扱う商品は、どなたが選ばれるのですか。

商品の9割は、僕が出合って、これ面白いなとか共感できるなとか、あとは、すごい頼み込まれてとか(笑)、そういう理由で選んでいます。

そもそもは、僕たちがプロダクト企画を提案する場合、こうしてほしいという要求だけを出しても、その要求を受け入れて変えた商品がもしも売れなくなってしまったとしたら、どう責任をとるのか。だったら、自分たちでその商品を仕入れて販売する場所を作り、責任を持って販売して、お客さんたちに手にとってもらうまでのことをしようと思ってこのお店を作ったんです。

発酵デパートメント店内の陳列棚

時代に即したリアリティーを追求

――さまざまな生産者が訪ねて来られるでしょうね。

そうですね。全国からたくさんの醸造家や生産者さんたちが訪ねてきてくれます。でも僕たちが「この商品、こんなふうに変えて」と口だけで言っても、じゃあ、そのリスクは? 売れなかった時にどう責任とるの、という話ですよね。ならば、そこは一緒にそのリスクを持ちましょうという、ここは、そういう場所です。

例えば、栃木県の漬物屋さんと一緒に作った商品もここには置いてあります。その漬物屋さんは、おじいちゃんの時代からのスタンダードなレシピのらっきょう漬けを作っていたので、化学調味料とか保存料とか、いろいろなものが入っていたんです。それは、おじいちゃんの時代には必要とされたサービスだったんですよね。でも、代替わりをした若旦那が頑張って仕事を始めようとした今の時代なら、流通の技術も上がっているし、保存料や化学調味料を入れないで無添加で作っても大丈夫なんじゃないかと。

発酵デザイナー 小倉ヒラクさん

でも、最初の一歩を踏み出せないということで、じゃあ、発酵デパートメントで仕入れるから、一緒に無添加のらっきょう漬けも作ってみようと。時代に合わせて価値観も変わっていくので、ただ単純に伝統を受け継ぎましょうということではなくて時代に即したリアリティーを追求していかなければいけないですよね。そういう時に、「発酵デパートメント」がその相談窓口になっているということはありますね。

福井で発酵食品の展覧会を開催

――小倉さんは、さまざまなイベントも開催されていますが、今後のご予定を教えてください。

今年の秋には、渋谷ヒカリエで開催した展覧会を地方で展開する巡回展「Fermentation Tourism Hokuriku~発酵から辿る北陸、海の道」(会場:福井県・金津創作の森美術館アートコア、開催日:2022年9月17日~12月4日)が約3カ月間、福井県であります。

これには北陸の発酵文化を全部体系化するというプラスアルファも加わります。僕自身も北陸に何回も行っているうちに、ここは日本の食のひとつのキーとなるエリアだなとも思いました。神社仏閣だけではなく、一般家庭でもすごい立派な精進料理が作られていたり、地域のおじちゃんおばちゃんたちの精神性がとても高かったり、日本の文化の隠れた水脈みたいなものが受け継がれているということにも感銘を受けた土地ですね。

あと、僕のキャリアは、子どもたちの食育から始まったのですが、今でも継続的に年に何回かは子ども向けのワークショップを開いています。今回の福井でも親子で学べる発酵ミュージアムという小展示をやります。僕の展示会は、準備にとても時間をかけるので、今年はこの展示会で暮れていくという感じですね。

発酵デザイナー 小倉ヒラクさん
発酵デパートメント店内のデザイン提灯

アジアにおける発酵食の起源やうまみ文化のボーダーを知りたい

――来年の活動のご予定も決まっているのですか?

コロナ禍で止まってしまっていたアジアの旅を再開します。雑誌の連載でアジアの横断と縦断を両方やるという企画があって。先に縦断は終わったんですけど、横断をまだやっていないから。次の旅は、中国の四川省から始まってバングラデシュ、ネパール、インドのコルカタとかを巡る予定です。今回はアジアにおける発酵食の起源やうまみ文化のボーダー(境界域)を知りたいと思っています。どこまで行けるか分からないですけど、東から西へ、うまみ文化の西のボーダーまで行くという。まるで西遊記です(笑)。

前回のアジア縦断の旅では、タイから中国、そしてチベットまで行って、高山病になって死にそうになりました。けっこう時間をかけて標高5,000m以上まで行ったんですけど、常にかたわらに酸素ボンベでしたね。でも、寒帯の植物みたいなものしか生えなくても、やはり森がある。びっくりしましたし、感動しましたね。僕の専門のカビとかキノコは全然生えないけれど。

発酵デザイナー 小倉ヒラクさん

標高3,000m以上の高地で造られる蒸留酒

ただ、標高3,000m程度の場所ならお酒は造られているんです。高地に住む人たちが謎の漢方薬みたいなものを天日干しにしてから挽いて粉にして、それを水で練って麹にする。それでお酒を造るという場面にも立ち会っちゃって。そのお酒は、最終的には蒸留するんですけど、標高がめっちゃ高いので、ナチュラル低圧蒸留です(笑)。

アルコール度数は60度くらいあるのに甘い。どうなってるんだ、これ? みたいなお酒でしたが、そこの部族の人たちは宗教儀式の時にも、そのお酒を回し飲みしていて、とても由緒正しいお酒なんです。僕もそれを飲まされて、ヘロヘロになりました。

――お仕事で旅をされることは多いのでしょうか。

もともとはバックパッカーで海外をあちこち旅していました。今のように日本国内を旅するようになったのは、発酵のことに関わるようになってからなんですよ。国内の旅というと、まったく観光地ではない、ひなびた漁港とか離島にはめちゃくちゃ行きます。自称「離島おじさん」だし、「漁港おじさん」なんですよ(笑)。

発酵デパートメント店内のディスプレーも兼ねた黒板
小倉ヒラク(おぐら・ひらく)

PROFILE

小倉ヒラク(おぐら・ひらく)

1983年、東京生まれ。2007年、早稲田大学第一文学部演劇映像専修卒業。デザイナーとしてメーカーに勤務後、2010年に独立、山梨県甲府市の老舗みそ屋「五味醤油」のホームページなどのデザインを担当。その後、東京農業大学で研究生として発酵学を学んだ後、山梨県甲州市に発酵ラボをつくる。2020年、東京都世田谷区代田に、発酵食品・酒・書籍などの小売、飲食店、イベント開催の複合施設「発酵デパートメント」をオープン。「見えない発酵菌たちのはたらきを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、全国の醸造家や研究者たちと発酵・微生物をテーマにしたプロジェクトを展開。著書に「発酵文化人類学」(木楽舎)、「日本発酵紀行」(D&DEPARTMENT PROJECT)、「発酵する日本」(Aoyama Book Cultivation 青山ブックセンター)など。