風林
光水
photo&writing:相原 正明
風林
光水
photo&writing:相原 正明
夜明けの久住高原で撮影していると、大気の流れが分かる。大分県の東方、豊後水道の海上の湿気を含んだ空気が霞となって西の方向に流れていく。大分にはお椀を伏せたような形状の山が多い。そのおかげで、頂上に立つと大地が見渡せる。そこでいつも肌で感じるのが、森や丘を覆う、南方の香りを含んだ優しい湿度感。大分の景観を撮るときに、このミスティー*1さに“写欲”が掻き立てられる。
国東(くにさき)半島の横岳から見た、朝の霧に覆われた山々の景色。長谷川等伯*2ならば、令和の「松林図屏風(しょうりんずびょうぶ)」を描きたくなるような光景だった。そして豊後大野の御嶽山(おんだけさん)の横を抜けていく御嶽さくらロード。約3000本の桜並木が続く林道だ。標高差が大きく、気象の変化が大きい。今回も春霞の夕暮れ、霧雨に包まれた桜が、遠望するくじゅう連山の山並みを包み込むように咲いていた。
霞と夕暮れの光、そして霧雨が、これぞ「ザ・ニッポン」という光景を見せてくれた。シャッターを切り過ぎてカメラが発熱するほど無我夢中で撮影した。そして安心院(あじむ)から湯布院に抜ける県道50号。道の両側は森と奇岩。水墨画のような景色が続く。峠の頂上にある深見ダムのほとり、霧の中にたたずむ山桜。画家であり俳人でもある与謝蕪村(よさ・ぶそん)に「どうだ」と見せたい光景だった。
これまで何度も撮影で訪れた沈堕(ちんだ)の滝を再訪する。ここでも湿った空気がいつもの滝の表情を一変させていた。夕暮れ時の霞に覆われた桜を通して見た光景。撮影に没頭していて、ふと気づくと辺りには深い闇が訪れていた。*1 ミスティー(Misty):英語で「霧の深い」、「霧がかかったような淡い」といった意味。
*2 長谷川等伯(はせがわ・とうはく):1539〜1610年、安土桃山時代の画家。多くの優れた肖像画、花鳥画を手掛け、独自の水墨画様式を確立。
PROFILE
相原正明(あいはら・まさあき)
写真家。1958年生まれ。学生時代より北海道、東北のローカル線、ドキュメンタリー、動物、スポーツなどを撮影。1988年に8年勤務した広告会社を退社し、オートバイによる豪州単独撮影ツーリング実施。豪州最大規模の写真ギャラリー「ウィルダネスギャラリー」で日本人初の大型写真展開催。他にもドイツ、アメリカ、韓国でも個展を開催。タスマニア州政府フレンズ・オブ・タスマニア(親善大使)の称号を持つ。「しずくの国」(Echell-1)、「ちいさないのち」(小学館)、「誰も伝えなかったランドスケープフォトの極意」(玄光社)など著書多数。