風林
光水
photo&writing:相原 正明
風林
光水
photo&writing:相原 正明
あまりにも静かに、だが力強く、ギリシャ神話の怪物セイレーンのごとく僕を呼び寄せる。だがその桜は、セイレーンと違い大地の優しさのオーラを放っていた。
海岸沿いの夕日に染まる菜の花畑を撮影した帰り道。予想もしない森の木陰に、その桜は撮られることを待っていたかのように現れた。しかも月という素晴らしい従者を従えて。大分の大地が僕のために用意してくれた最高の舞台。桜と月は薄暮の風の中、まるで能の舞のごとく、静かに力強く揺らいでいる。観客は僕一人。涙が出てきそうだった。
桜の静寂さと対照的なのが、豊後高田(ぶんごたかだ)市の長崎鼻(ながさきばな)の菜の花だ。真っ青な豊後水道の海面の色と対比した黄色のじゅうたん。生命の躍動を感じる。
千葉・房総半島でも菜の花と海のシーンに出くわしたことがある。それと比べて大分の方が日差しが強く、そのぶん、菜の花の生命力が倍増したように感じられる。陽の光を求めて花が咲き誇っている。この春、豊後水道の海の色は南国だった。
1日で動の菜の花と静の桜を愛でることができた。豊後水道と久住(くじゅう)高原。1時間強のドライブで海と高原の両方の花を愛でる時間が堪能できる。大分はとても贅沢な環境だ。
最近、若い世代の人気移住先の上位に大分が入っていると聞いた。地域支援の充実もあるかもしれないが、海と山の両方が楽しめる豊かな自然環境、そして温暖な気候も人気の要因だと感じる。
再び国東(くにさき)半島の山の中を散策する。降り始めた霧雨に濡れながら進むと木々の間に白い花が見えた。近寄ってみると花ではなくシロダモの新芽だ。巨木に寄り添うように、花と見間違える白く美しい新芽をつけて、薄暮の桜同様、撮られるのを待っていてくれたような気がした。
大分の旅を始めて1年強。やっとこの地の空と光と花々とシンクロできてきたような気がする。静かに時間をかけて大地と会話する。これが僕の会得した相原流大分旅。
PROFILE
相原正明(あいはら・まさあき)
写真家。1958年生まれ。学生時代より北海道、東北のローカル線、ドキュメンタリー、動物、スポーツなどを撮影。1988年に8年勤務した広告会社を退社し、オートバイによる豪州単独撮影ツーリング実施。豪州最大規模の写真ギャラリー「ウィルダネスギャラリー」で日本人初の大型写真展開催。他にもドイツ、アメリカ、韓国でも個展を開催。タスマニア州政府フレンズ・オブ・タスマニア(親善大使)の称号を持つ。「しずくの国」(Echell-1)、「ちいさないのち」(小学館)、「誰も伝えなかったランドスケープフォトの極意」(玄光社)など著書多数。