風林
光水
photo&writing:相原 正明
風林
光水
photo&writing:相原 正明
森は海を育てる。よい森と森から出ずる水なくしてよい海は存在しない。これは僕の撮影のホームグラウンドのひとつ、タスマニアで学んだこと。ピュアな雨水は森から川へ、そしてタスマニアの海に注ぎ、世界トップクラスの海の恵みをもたらす。こうした森と海との関係は、大分と四国の間に豊かな漁場を擁する豊後水道(ぶんごすいどう)も同じに違いない。
夜明け前、佐伯(さいき)の鶴見市場を訪ねる。多くの漁船が海の幸を届けようと、我先に闇の中を埠頭(ふとう)に向かって集まって来る。事前に連絡を受けた漁業協同組合のスタッフがフォークリフトを器用に操り水揚げ用の板台を用意する。船が岸壁に停まり、水槽から大きな網で銀色にきらめく魚をすくい上げ、板台に一気に降り下ろす。多くの人が板台を取り囲み、手際よく手作業で魚の種類や大きさをより分けていく。魚の山があっという間に小箱に選別されていく。
陽の光が差し始める頃、専用スペースで「せり」が始まる。撮影していて気が付いたことがある。市場が魚臭くない。それは鮮度がよい証拠。港から数時間程度の近距離の漁場で、魚も自分が捕獲されたことに、ひょっとすると気付いていないかもしれない。水揚げされて即せりにかけられている。その短時間が鮮度のよさとなっている。
今回撮影にお邪魔した佐伯でも臼杵(うすき)でも、多くの若者が漁業に従事していることに驚く。テレビドラマで漁師さんと言えば年輪を重ねた高齢者ばかり登場する気がする。でもそれは作られた世界の話だったのかもしれない。海の恵みを囲んで働く人々は老いも若きも、だ。
臼杵の海では魚の養殖を撮影させてもらった。若々しいエネルギッシュなスタッフが、湾内のいけすでの養殖に心血を注いでいた。熱い心で魚たちと接している姿を目の当たりにし、驚きと喜びを感じた。日本の漁業はこの若者たちが変えていってくれるのかもしれない。
臼杵の料理屋の座敷で豊後水道と太陽の光に照らされた山の稜線を見ながら新鮮なお刺身をいただく。口の中でとろけて涙が出そうなくらいのおいしさ。天然物との違いは僕のような素人には分からない。聞けば、プロでも分からないことがあるそうだ。養殖でしょ? とまゆをひそめるのは過去の話になろうとしている。
あらためて森と海と、そして人が魚を育てていることを納得する。明るい日差しはエネルギッシュな若い海のクリエーターたちを育てる。水平線から昇る太陽に海が照らされるように、大分の海の未来は明るくパワフルだ。今回は魚と太陽と、海で働く人のSpiritを食べさせていただいた気がした。
PROFILE
相原正明(あいはら・まさあき)
写真家。1958年生まれ。学生時代より北海道、東北のローカル線、ドキュメンタリー、動物、スポーツなどを撮影。1988年に8年勤務した広告会社を退社し、オートバイによる豪州単独撮影ツーリング実施。豪州最大規模の写真ギャラリー「ウィルダネスギャラリー」で日本人初の大型写真展開催。他にもドイツ、アメリカ、韓国でも個展を開催。タスマニア州政府フレンズ・オブ・タスマニア(親善大使)の称号を持つ。「しずくの国」(Echell-1)、「ちいさないのち」(小学館)、「誰も伝えなかったランドスケープフォトの極意」(玄光社)など著書多数。