風林
光水
photo&writing:相原 正明
風林
光水
photo&writing:相原 正明
薄暮、蒼(あお)く冷たい月がオーストラリアの砂漠に昇天する。シャッターを押しながら、頭の中をリフレインするのは「荒城の月」。日本を代表する音楽家、瀧廉太郎の作品だ。
「荒城の月」に誘われて竹田(たけた)に来た。訪れた日の月齢は八夜。夕刻、瀧廉太郎が「荒城の月」作曲の着想を得た場所と言われる岡城の城壁に月が昇る日を選んだ。月が城跡の上に輝くころ、月を愛でるために訪れた人の姿があった。情緒というものがこの地では大切にされている感じがして、なんだかうれしくなった。
今回の旅は、月に誘われるように、竹田、杵築(きつき)、臼杵(うすき)、そして最後は日田(ひた)と巡った。太陽と月と城がコラボするドラマが数多く楽しめた。いずれの町も、単に観光化された町並みではなく、歴史と共に今もなお生き続けている町だった。
歩いていると、僕のようなカメラを持った遊牧民にも「こんにちは」と挨拶をしてくださることがしばしばあった。そんなところに心の豊かさを感じる。特に日田はもともと徳川幕府の天領。栄えてきた歴史が人々の心の余裕を生み出したのかと感じる。その余裕が瀧廉太郎をはじめ、現代まで多くの文化人を輩出したのではないかと感じた。
僕が大好きな大分出身の日本画家、福田平八郎氏。彼の描いた「雨」という作品の瓦の描写は実に素晴らしい。今回訪れた町々の瓦のある風景の撮影の際にも彼の作品を念頭においていた。「漣(さざなみ)」などの作品の藍色の世界からも、撮影に多大な影響を受けた。
平八郎も同じ景色を見て「雨」を描いたのかと考えると、瓦の美しい町並みを撮影していて心が揺さぶられた。過去からの多くの文化を育んできた古い町。偲ぶ、という思いで旅したが、偲ぶことは過去を懐かしく想うだけではない。偲ぶことが、今もなお文化と情緒を町の中に息づかせ、未来へ向かわせていることを、土地と住まわれる方々に教えられた旅だった。
PROFILE
相原正明(あいはら・まさあき)
写真家。1958年生まれ。学生時代より北海道、東北のローカル線、ドキュメンタリー、動物、スポーツなどを撮影。1988年に8年勤務した広告会社を退社し、オートバイによる豪州単独撮影ツーリング実施。豪州最大規模の写真ギャラリー「ウィルダネスギャラリー」で日本人初の大型写真展開催。他にもドイツ、アメリカ、韓国でも個展を開催。タスマニア州政府フレンズ・オブ・タスマニア(親善大使)の称号を持つ。「しずくの国」(Echell-1)、「ちいさないのち」(小学館)、「誰も伝えなかったランドスケープフォトの極意」(玄光社)など著書多数。